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2008年4月29日 (火)

知るを楽しむをみて<漢字に遊んだ巨人>

以前から「道」という字に何故、首という字が入っているのか疑問でしたが
之繞は道を意味し異民族の首を表していて、つまり生首をサラして邪霊を払いながら道を歩んでいく事から道という字が出来たそうです。「楽しい」という字は取っ手の付いた鈴の形で神を楽しませるためにシャーマンが振った鈴から「楽しい」という字が出来ました。これを説明していたのは今年2月に放送された知るを楽しむの中の編集工学研究所所長の漢文学者で立命館大学名誉教授白川静さん(男性)でした。

私は最近やっていた再放送で知ったのですが「王」という文字は三本の横線(天・地・人)を貫く一本の線を王としたというのが定説でしたが、白川さんはそうではなく殷の時代、王権の象徴となっていたまさかりの形からきたものだとの事でした。
                               
私達が国語を学ぶとき漢字は象形文字であると教えられました。では、その象形文字とは何か。それは天(神)からの視点であり、つまり道という字も天に魔よけをしてもらうという意味で通じますし楽しいという文字も神に通じますし王も然りで全て神の視点から見た文字です。

漢字のそもそもの原点は紀元前200~300年前だそうですので今から2300年前にその原型があったようです。白川さんは来る日も来る日も古代文字と向き合いました。白川さんは娘さんに「文字は神様との交信、神にものを尋ねる」と言っていたそうです。現代に於いて道は怖いところではありません。路上をストップさせて東京マラソンでは走っていますし歩行者天国という言葉もあります。その際に路上パフォーマンスをしたりして寧ろ楽しいというイメージがあると思います。

それは近年の事で古代の人は一歩、家をでたら後ろから斬りつけられるかも知れませんし弓矢(あったかどうかじゃ分かりませんが)で射抜かれるかも知れず道は最も命を落とす可能性があったところだと想定すると生首を持って歩いたという事は豪傑であることを誇示していたのかも知れません。

古代の人達は神への畏敬の念を現代人より深く持っていて自分の言葉の中に神を取り入れることで言霊としたのではないでしょうか。私は以前より日本は本来、民主主義国家ではない。もし民主主義なら十人十色、個人主義ですから精神の「神(しん)」は「心」になる筈だと考えていました。白川さんは享年96歳で2006年に逝去されましたが、もっとお話を聞いてみたかった方だなと思いました。

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