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2008年5月21日 (水)

ガイアの夜明け ネットの闇 ~有害サイトから家族を守れ~をみて⑦

法務大臣の鳩山邦夫さんに下記メールを送りました。

法務大臣 鳩山 邦夫様

ガイアの夜明けを見て改めて、ネット社会の闇を再確認しました。
私もネット上で、誹謗・中傷を受けた体験があります。恐らく、ネットを知らない大人の人達は「たかが言葉だけの暴力ではないか。しかも、見たこともない相手の短いコメントで傷つく方がおかしい。精神力の欠如ではないか」と思われているのではないかと斟酌しています。
お笑いタレントのダウンタウンの浜田さんもテレビというメディアで何かというと「死ねばいい」と連呼しています。しかし彼より年上の人がそれを一言も注意しないのでしょう。だから彼は今もそれを言い続けています。その言葉が公共の電波によって日々繰り返されることで子供達の脳細胞に徐々に染み渡り、いつの日にか平気でこの言葉が使われるようになるのだと考えます。映像を通し、耳慣れてくると使う意思がなくても使ってしまうという人間の習性がありますので、もしかすると書き込む人にそれほどの他意はなく平気で死ねという言葉を使って気分を紛らわせている節があるのかも知れません。

さて、一つの具体例を出しますと「神は存在するのかそれとも存在しないのか。存在しないのに存在するというのは不実である。しかし存在するのであればそれに従いたい」とずっと考え悩み、あらゆる事象を神は居るという考え方で或いは居ないという考え方で思いをめぐらしていたとします。例えば男女の比率は各国共通していますが、男女が同じ比率で生まれてくるのは、悠久の昔(6500万年前)からの人知の及ばない偉大な法則です。仮にある国に80%の男性が生まれ、20年もたったら周辺諸国は戦乱の坩堝となるのは誰でもが予想可能な単純明快な論理です。しかし、偉大な神の力は人類が戦争しなくて良いように仕組まれているのだと考えます。人間は如何に長く生きても所詮1世紀までで、自分が死んだ後もこの悠久の昔からある不変の法則は変わらないとするならば、一番効率的な生き方はこの法則に準じて生きることだろうという思いで、勇気を振り絞ってあるサイトに「神は実在する」と書き込みを入れたなら、その次の日から「馬鹿」「死ね」「ぶっ殺す」「お前など生きている価値はない」という訳の解らない言葉で自分を罵るメールが連日連夜送られてくるとしたら、それに堪えうる精神力の人はどれだけいるでしょうか。(これは実例ではなく私の作ったシナリオです)こう書いても「別に気にするな。そのうち納まる」という考えもあると思います。

例えば番組内で韓国で悪質な書き込みで自殺者が急増という実例があるといっていました。社会問題化しているのは誹謗・中傷の悪質な書き込みでソウル市内にある弁護士事務所の弁護士チェ・ギョボさんが2005年1月に起きた「デモの参加者が死亡したのは警察による殺人」と糾弾したところ、1日に1万件の誹謗・中傷の書き込みが集中しました。さらに個人情報が何者かによってネット上で公開されました。「余りにも酷いネット攻撃で自殺も考えたが、何とか死ぬことを思い留まった」といっていましたが精神力が強いであろう弁護士でさえ、このような状況に追い込まれるのでは未熟な子供には、とても耐えられないと思います。

私もこれ程ではないですが自分の意見を投稿しただけなのに誹謗・中傷を受けた事があります。その時「これ程絶望を感じるものなのだ」と実感しました。結局、その立場に立って初めて分かるのが人間というものかもしれません。地震にしても、聴いていただけで何もせずに気の毒と思っていた自分が地震の被害に遭って初めて悲惨さが分かります。

例えば50年のキャリアの人が知って欲しくて書いた数行のコメントに対し何も考えた事がないただ暴力的に人を叩くだけを喜びとしている人に中傷される事は多くあります。つまり、50年考えた人に対し1秒も考えた事のない人が悪意ある行為が出来るのがネットでもあり、一方で私のような若輩でも鳩山大臣にメールを差し上げることが出来るのもネットの現実です。もう戻れないネット社会を善導していくのか悪用していくのかの違いが国力の差になるかも知れません。そう考えていた折り、「ガイヤの夜明け」で具体的に辛い体験をされた磯谷富美子さんのことを知りました。

法とは、「人間の価値観を成文化したものである」という高尚な定義がありますが、私はそうではないと思います。これ以上の極悪があるのかと世のためにならないとその人物を殺害した場合、現在に於いては警察に逮捕され裁判になります。しかし、戦争であるならば戦闘機で敵機を撃墜させた数が何百機という事になれば彼はその時代のヒーローとなりますし、法律はその時代から完備していました。同じ行為であっても時代が時代であればヒーローでその十万分の一の確率でも、人を殺めたとして法に準じなければならないのが宿命であると考えたとき「法とは、人間の価値観を成文化したものである」と言う定義は適切ではないと思います。何故なら、食べさせなければ子供が死ぬという時に、悪い事だと知って居ながらパンを盗み、その後貧困から脱却して嘗ての自分の犯した罪を贖う意味で今度はパンを施すようになったというように、その人の置かれた環境に準じなければならないのが人間たる所以だと思っています。

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