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2008年5月19日 (月)

知るを楽しむ 歴史に好奇心 ~嫉妬の劇場~を見て②

家光が病床に伏していた際、正之一人を呼び「息子の家綱を頼む」と遺言を託したほど信頼していました。家光の死後、3代将軍家綱を補佐し、最大の成果として三大美事『1末期養子の禁止の緩和、2殉死の禁止、3大名妻子を江戸に住まわせることを廃止』があります。これにより、戦国時代からの遺風を消し、将軍と大名、藩主と家臣の主従関係は個人同士の関係から、主人の家に従者は仕える関係に転換することとなりました。

また、朝廷から従三位の官位を授けるというのを辞退しました。その理由は「若い自分だけが貰えない」ということでしたが、そこには同僚達への配慮があったと思われます。生涯四位の位のまま地道に将軍を助けました。そんな保科正之の精神が今でも福島県会津若松市の「あいづっこ宣言」に引き継がれています。
会津若松市「あいづっこ宣言」
1.人をいたわります 
2.ありがとう ごめんなさいを言います 
3.がまんします 
4. 卑怯なふるまいをしません 
5.会津を誇り、年上を敬います 
6.夢に向かってがんばります
やってはならぬ やらねばならぬ 
ならぬことは ならぬものです

是は、正之の晩年を纏めた「家訓(かきん)十五箇条」をもとにしたものです。
「家訓(かきん)15箇条」を要約すると
1上下の分を乱すべからず
1兄を敬い弟を愛すべし
1依怙贔屓すべからず
特に人への向き合い方を記しました。

保科正之の他に、武田信玄の弟の信繁や豊臣秀吉の弟秀長も、自分の立場を辨えて兄をよく補佐し日本史上嫉妬を受けなかった人物です。嫉妬されない人物には皆同じ共通点があるようです。物が溢れ満ち足りすぎている現代で、知足の人(ちそくのひと)保科正之(知足とは『足るを知る』ということ)の生き方に大いに学ぶべき処がありました。

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