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2008年5月18日 (日)

日本史サスペンス劇場を見て①

<Outline&Point>
春日局の野望
竹千代は三代将軍家光となり、乳母のお福は大奥総取締に就任。生母と乳母の長い戦いが幕を下ろしたかに思われたが、家光には、ある秘密があり、またもやお世継ぎ問題が浮上、ここからが戦いの本番となる。お江与が亡くなった後、朝廷との橋渡しを命じられたお福は、時の天皇に謁見し、従三位の位とその地位にふさわしい名前を賜った。その名こそ春日局である。ここに名実ともに大奥の女帝春日局が誕生し、その絶大な権力は表の政治にまで影響を及ぼした。一介の乳母からのし上がった大奥の女帝・春日局、彼女のもう一つの野望、稲葉家再興の夢は叶うのか?家光のお世継ぎ問題はどうなるのか? 

さて番組では、家光は秀忠と正室お江与の方(父・浅井長政、母・お市(信長の妹)の三女、信長の姪)の子供ではなく、春日局の子として描いていました。理由は、稲葉家(お福の嫁ぎ先)の歴史を記した書物(御家系典)によれば『竹千代は秀忠がお福に産ませた子供である』とされ、又、『江戸城紅葉山文庫、松乃さけへ』にも家光は春日の局の子だと書かれている事が根拠となっています。

家光が12歳の時、元和二年(1616年)家康が逝去しました(享年75歳)。 
春日局の悩みは、お江与の産んだ国松(後の忠長)が母親であるお江与の伯父に当たる信長に似て利発で容姿端麗、家臣の人気もあったのに対し、家光は病弱・男色そして12歳の時には自殺を計るほどの意思の弱い人物でした。きっと自分が死んだ後は忠長に取って代わられるであろう事から、先手必勝とばかり謀反の企みがあるという噂を流し忠長をおいやる事を計画します。そして、忠長は馬一頭、槍持ち一人の惨めな姿で高崎に幽閉され二ヶ月後、家光の名により切腹しました。一説では裏にお福の長男・正勝が動いたとされています。

幼名時に家光は竹千代と名乗っています。その事から父親は家康で、母親が春日局という説も在るようですが番組ではこれを採用せず、父親は2代将軍・秀忠で、母親は春日局となっています。前述した通り家光は12歳の時に自殺を計るのですが、この数年前に家康が逝去しており後ろ盾が無くなった不安から自殺を計ったというのが濃厚です。後に天然痘で倒れたときも春日局は、水ごりをして神君となった徳川家康に祈りました。その代償として生涯病気で倒れても薬を飲まないと誓います。

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