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2008年6月11日 (水)

『たそがれ清兵衛』に思うこと②

私が記憶に残っているシーンは時間にして3秒たらずのシーンです。清兵衛が朝、二人の娘に「早く学校さいけ(学校ではなかったかも知れません。でも寺子屋でもなかったと思います) 」  その後、私の記憶では娘達が父親・清兵衛に呼応して「はーい」といいながら風呂敷包みの中に勉強道具を入れて寺子屋(?)に向かう際に記憶していることをおさらいするかのように清兵衛の娘達が暗唱しながら家から駆け出して行くシーンがあります。 

女の子達は「子曰く(しのたまわく)⇒巧言令色鮮し仁。(こうげんれいしょくすくなしじん」と暗唱するのですが、今で云うと  儒教の素・孔子が言った言葉で「口先が巧みな人ほど心が冷たい。誠実に振る舞う人には注意せよ」或いは「甘い言葉に騙されるな」という意味になると思います。江戸時代末期に庶民の子供達がキリストの産まれる500年も前の儒教の孔子(紀元前551)の教えを暗唱する迄に学んでいた事に驚きました。

その後の「君子曰く---」の後が聞き取れませんでしたが(ご存じの方 いらしたらコメントお願いします)これは現在の世相にも繋がる教えです。鴨  長明が方丈記で『行く川の流れは絶えずして而も元の水に在らず。淀みに浮かぶ泡沫(うたかた)は、かつ消え、かつ結びて 久しくとどまりたる例(タメ)しなし』と詠みましたから、昔も今も人の世界はそう変わらないのかも知れません。

清兵衛は戊辰戦争で命を落としますから(戊辰戦争 新政府軍と旧幕府軍の間の一連の戦い1868年1月の鳥羽・伏見の戦いより始まる)ですから江戸時代の末期頃に庶民の子供に孔子や君子の教えを暗唱して脳細胞に染みこませるように教えていたことになります。

私は一度もそういう教育は受けていません。 正に昔の日本の教育は生き方・考え方の教育を基本としていて主義的(イデオロギー)な要素は皆無だったのではないでしょうか。清兵衛は既に妻に先立たれ今で云うアルツハイマー病の母を抱え幼い二人の姉妹を育てます。しかし予期せぬことが身に降りかかり果たし合いをすることになります。しかし宮澤りえ(役柄は分かりません)さんとの短い蜜月での清兵衛の幸せな歳月は3年にしか及びませんでした。

この時代の人の幸せとは、そのようなものだったのかと思うと忍ばれます。みんな質素で慎ましくて、それでいて凜としていて。

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