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2008年7月17日 (木)

わたしが子供だったころをみて

「ルールは従うものではない。守るものだ」

これは2008年7月13日(日)私が子供だったころゴルゴ13 の さいとう・たかをさんが子供時代を振り返ったときにいった言葉でした。

ゴルゴ13、デューク東郷とは中学時代の教師・東郷先生から取ったもので、その先生が中学時代に白紙で答案用紙を出した、たかを少年に対して「名前は書け。白紙で出すという責任をお前がとらなくちゃいけない。それは大人も子供の同じだぞ。お前みたいな生き方をしていると常に後ろを気にしなくちゃならなくなるぞ。ルールは従うものではない。守るものだ」と言われ、これがゴルゴの原型になっていると語っていました。

たかをさんは5人兄弟の末っ子で父親は絵ばかり描いていて仕事をしなかったので極貧生活をしていました。家族七人が六畳間で寝たとのこと。その後、父親は蒸発してしまい母親は大変な苦労をして子供達を育て上げますが、たかを少年は父親の血を継いでいて絵を描くことが大好きでったのですが母親は夫への憎しみからか少年が絵を描くことを禁じました。

たかをさんは、ごく最近になってトラウマという心因的病状があることを知り、それまでずっと罪悪感をもって劇画を描き続けていたのは母親へのトラウマであったと悟り、気分が楽になったといっています。 つまり劇画作家50年のうち45年もトラウマの中で書き続けたのがゴルゴ13ですが、その中には大変な苦悩があったのだと知って気の毒に思いました。

1+1が2であることを真にしったのは小学校6年の時。九九はおぼえられなかったといっていましたが「俺が物心ついた時、日本はアメリカと戦争の真っ最中で
子供心に、こんな馬鹿でっかい喧嘩を、いつまでも続けている大人が理解できなかった」と言っていました。 ガッツ石松さんも戦争について疑問をもっていたようですが(大東亜戦争から太平洋戦争、次はアジア太平洋戦争?27に詳細)
つまり学校では軍事教育をしているのに子供の方が変だと気がついたようです。

私は未だにキチンと精査されていない大東亜戦争は将来の国民のトラウマになると言ってきました。当たって欲しくはないのですが、さいとう氏が気がつくまでトラウマであることをしらずに長年苦しんで来たように気がつかないことが最大の問題だと思いました。

私はゴルゴ13を特に読んだことはありませんが内容は複雑多岐です。人間それぞれ能力があって、難無く九九を覚える事が出来て所謂、頭が良いとされる人たちが結果は大敗がきまっているのに戦争へ突入していきましたし、そういう人達の話より遙かに人間的で魅力的な話をしていました。勉強が得意で人間的魅力のある人も居るのでしょうが、現代のカリスマ勉強頭の集合体が居酒屋タクシーで内部から疑問が出なかったことは特筆すべきことなのではないでしょうか。

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