« 公平な論評? | トップページ | その時歴史が動いた 神々の歌 大地にふたたび アイヌの少女 知里幸恵をみて② »

2008年10月20日 (月)

その時歴史が動いた 神々の歌 大地にふたたび アイヌの少女 知里幸恵をみて

知里幸恵とは日本名です。南下してきたロシアに対し、北海道を奪われてはならないとする日本は、アイヌ人を日本人になるようにと所謂、同化政策をとりました。幸恵は僅か19歳で生涯を閉じました。私と同じ年です。その偉業に今回はスポットが当たりました。

狩りや漁を生業として暮らしてきた人々。それがアイヌ民族です。アイヌの人々は口伝えの伝承という形で文化を継承していたので、アイヌ民族言語はあっても、文字は持ちませんでした。でも、口伝えには限界がありますし、物語が伝わっていくうちに、原文とは異なる可能性があります。そうなると、その民族の歴史が歪んでしまい、本来の文化と逸脱してくる恐れががあります。だから、文字があるという事は実にありがたいことだなと思いました。

歴史上、文字を持たない民族は他にもいました。最近ではハワイ(カメハメハ大王)や琉球・アフリカ系奴隷として連れてこられてしまった人々は文字を有していなかったと記憶しています。これらの人々のその後を鑑みると、何れにしろ、文字を持たないという事は圧倒的に不利という事が分かります。やはり歴史という物は、重要で文章として残しておかないといけないのだと再確認しました。

さて、今回の主人公、知里幸恵は幼い頃からアイヌは劣った民族だと言われて育ちました。開拓民として北海道に渡った日本人は彼らの事を阻害していた面がありました。アイヌ固有の文化は否定されて文化が廃れていき、神々がいると思ってきた森や原野が切り取られました。アイヌの人の生活は困窮し「職が耐え、飢餓が迫り、ただ座して死を待つが如し」という文献が残っています。

この記事を読んで良かったと思う方は、ランキングに投票して下さると嬉しいです。

|

« 公平な論評? | トップページ | その時歴史が動いた 神々の歌 大地にふたたび アイヌの少女 知里幸恵をみて② »

映画・テレビ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: その時歴史が動いた 神々の歌 大地にふたたび アイヌの少女 知里幸恵をみて:

» 【日露】経済交流で覚書調印へ 北海道とロシア極東政府 土木、観光、食分野で [10/16] [【究極の宗教】Physical Mankindism【PM】 by Humitaka Holii (堀井文隆)]
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/news5plus/1224112067/ [続きを読む]

受信: 2008年10月20日 (月) 23時24分

« 公平な論評? | トップページ | その時歴史が動いた 神々の歌 大地にふたたび アイヌの少女 知里幸恵をみて② »