さて、私は予てから、「厳正中立・不戦必勝」をモットーにしています。
孫子も兵法の極意、「百戦百勝は善の善なる者に非ず、戦わずして人の兵を屈するは善の善なる者なり」
つまり、「兵は国家の大事にして、死生の地、存亡の道なり。察せざるべからざるなり」とは「戦争にどうやったら勝つかを考える前に、まず第一に戦争をしない道を考えろ」ということです。
言論は時に格闘技です。そこで正論を貫くには、厳正中立でなければならないと考えます。そこで、私は次に、全共闘世代の弁護人になって記します。
全共闘世代と団塊の世代の人達は、同意語なのか違うのかを調べてみると、団塊の世代という言葉は、堺屋太一さんが作った造語でしたが、今では広く認知されるようになりました。彼らは昭和22・23・24年生まれで大学に入った頃、全共闘の嵐が吹き荒れたので、ほぼ同意語だと想います。たとえば、団塊世代が退職を迎える時期を全共闘世代が退職を迎える時期とはいわない程度の違いがあるくらいかも知れません。
さて、弁護人、ゆうき蘭は、彼らは実は、真実の戦前・戦中・戦後史を教わってはいなかったのではと前置きします。その決定的事実は、一切、戦前戦後の試験出題はなかった事です。それは何故か。それは、それこそ国策に近いものだったのかも知れません。私は将来、その因・縁・果を書きたいと想っています。何故なら、この頃から日本人のメンタルティは二分され、まるで人種が別れるように、日本人は二つのメンタルティが存在するようになり、それが政党に色濃く残っています。
文部科学省の前身は、文部省でした。国の根幹であり教育の元締めと現場の教師の中は、今も悪いようですが、戦後は特に仲が悪かったこれは確かです。しかし戦前と戦中は実に仲が良くて「大きくなったらなんになるの?」「僕は陸軍大将、僕は海軍大将!」と言わせるように、上層と現場が一枚磐でになって、少年達に「兵隊さん達は偉い」と教育していました。しかし、私が学んだ小学校の教科書では、ヒトラーと日本の兵隊さんは、同列の如き悪行をしたように扱われていました。これが、日本のミステリ-私の日本の七不思議なのです。
さて、団塊世代の人は日ソ不可侵条約は知っています。しかし、その心は教わっていません。ですから、ソ連が、シベリアから南下して樺太千島を奪い、その際、婦女子を強姦した事実も、日本兵を60万人も拉致して強制労働させたことも教科書には書かれていなかったと想っています。違うのでしたらコメント下さい。つまり、私は、その事を知っていたら『ソ連(ロシア)祖国』を言う筈がないと信じているのですが、どうでしょう。
沖縄は昔、琉球と言って、そもそも日本ではありませんでした。従って専決事項は樺太、千島こそ奪還すべき根拠があります。何しろ間宮海峡は世界地図にも載っているという、その功績を認めた事実なのですから。しかも国益から見ても、ご飯に魚の日本民族にとって、或いは世界的に見ても世界の三大漁場の一つで、海産物が無尽蔵に採れる地域、つまり海の牧場でした。
そこへ行くと、沖縄が日本である根拠の方が薄くなります。嘗て琉球は、明(中国)の冊封国(中国王朝の皇帝が、その周辺諸国の君主と「名目的」な君臣関係を結ぶこと)で、琉球王が治める王朝の国でした。しかし、薩摩藩が琉球に侵攻します。琉球は、これに対し琉球郡は薩摩藩より4000名も多い兵で戦いますが、薩摩隼人は既に戦国時代で実戦経験部隊ですから、琉球は敗北濃厚、琉球王は和睦を申し入れて首里城(日本で言えば皇居・徳川幕府260年の時は江戸城に相当)を開城しました。これにより琉球王国は薩摩藩の付庸国となり、1871廃藩置県を経て琉球から沖縄とし、琉球王は日本の華族としています。
余談ですが、ロシアだったら、ヨーロッパだったら殺しているのではないでしょうか。自国の王様を殺すのですから、他国の王は言わずもがなと言うことです。こういう事を日本の歴史は教えるべきだと思います。それから、もう一つ。元寇のときに、多くの元の兵士の中は海に流されて日本本土にながれたり、日本本土で死んだ人がいますが、当時の日本人は分祀はしていません。日本人の戦死者と同じように供養しています。こういう日本人の心を歴史で教えればならないと思います。戦後70年もたってから、分祀なんてことを言い出すことこそ、先人の思いを踏みにじっているのではないでしょうか。
本論に戻って言いたい事は、沖縄の変換は樺太千島より優先順位が上だとは到底言えないということです。にも関わらず、北方領土返還を一言半句もいわず、やたら「沖縄返還」を叫んでいるのは、明らかに矛盾していたわけです。それに、日本は真珠湾を宣戦布告せずに奇襲攻撃を仕掛けた事になっているのですから、その代償としてアメリカが沖縄を統治化する事を正論とはいいませんが、日本がソ連に対し、樺太、千島の奪還を言わずに沖縄だけを言うのは、アメリカから言わせれば、納得いかないという面はあったのではないでしょうか。
それに繰り返しますが、米だけを食べている訳にはいきません。同様に魚だけを食べるわけにはいきません。米と魚は不離一体でした。よって、樺太千島の漁場は、海の畑といっていい、日本にとっては沖縄より百倍も価値があった筈です。だって魚は、いくら捕っても枯渇することなく、しかも向こうからやってきてくれる究極のスーパーマーケットだったのですから。
取り返すべき百円玉を放棄して、一円玉を問題にしたのはなぜか。私に云わせれば、それが赤化教育の賜だった訳です。沖縄返還を騒いでいる人は、大きな謀略の手にかかって居た訳です。本当の目的は沖縄ではなく、日米間を離反させ、日米安保を阻止する勢力がありました。その代表政党が、社会党で、その社会党と癒着していたのが、日教組、正確には元日本教職員組合議長で元日本労働組合総評議会議長で、ミスター日教組と言われた槙枝元文と言う人でした。分かりやすく言えば、日本を北朝鮮のようにしようとしていた人でした。本来、革命はどこの国でも、自己民族・国家・社会のために腐敗堕落した旧秩序を正常に戻そうとして行われるものですが、当時の大学生は、日本の現在地addressと現在値valueを間違って教わりました。
そうして教師達から、樺太千島物語を封印され、沖縄の真実の歴史を教わらずに、沖縄こそ日本固有の領土かのように教わったので、憂国の青年達は一斉に立ち上がりました。弁護人、ゆうき蘭としましては、彼らは実行犯ではあったが、それは、真実を知らされていなかった為の行動と弁護します。
更に言うと、彼らは源公暁(くぎょう)だったと想います。公暁は、叔父の三代将軍・源実朝(さねとも)を鶴岡八幡宮で殺害します。因みに鶴岡八幡宮は源の守護神でした。公卿は、自分の守護神でもある地で叔父を殺したことになります。実朝の兄が頼家で二大将軍でした。何をどう考え違いしたのか、頼家を殺したのは実朝だと信じ込んだのが公暁でした。
詳細を調べると源頼朝が北条政子を結婚し、頼家 実朝 と女児が産まれました。よって頼家が二代目将軍となりましたが、頼家の後ろ盾だった比企氏と実朝の後ろ盾だった北条氏との対立があり、戦いに負けた比企氏が滅亡、これにより頼家は将軍職を剥奪され、伊豆国、修善寺に幽閉され北条氏に暗殺されました。頼家には、五人の子どもがいます。公暁は次男坊で、これが伯父である源 実朝を殺した訳です。伯父殺しをした公暁はその直後に討ち取られました。享年19歳。源実朝は歌人として有名ですが、子どもが居なかった事から源の幕府政治は三代で実質終わります。
この後、将軍を補佐するといいながら、北条が執権という職の元に実験を握ったのは、頼朝の直系がなく、そこで苦肉の策として、頼朝の遠縁に当たる摂関家の幼児・藤原頼経という、お飾りの将軍を饐えたので、実権は北条にありました。公暁が叔父を殺したのは、今で言うマインドコントロールされていたというのが定説で、その陰謀説は諸説ありますが、その一番が北条義時です。義時は、頼朝の妻政子の弟ですから、公暁の母方の叔父になります。この殺害があった日は鶴岡八幡宮で儀式がありました。それは実朝が武士として始めて右大臣になった事を祝う拝賀(祝い)でした。 この時、『吾妻鑑』によれば「俄(にわか)に心神違例」つまり、突然気分が悪くなって退席しています。これから見られる惨劇を見たくなかった可能性があります。
弁護人、ゆうき蘭としては、「公暁を全共闘世代、北条義時とその一派が、日教組。源家が日本、源実朝を自民党」と置き換えると、分かりやすいかも知れません。結局、公暁は、自分をも殺し、源家も殺してしまいました。全共闘世代の人達は、今の韓国のように、受験競争真っ直中で、これと言った楽しい思いでもない時代を生きてきたと聞きます。
恐らく、殆ど100%近くが、家族よりも先生と多く接触し、その先生の気持ちを理解することで、以心伝心、真面目な学生ほど、共産主義を標榜した連綿とした日教組集団に染められていたというマインドコントロールだった訳です。共産主義は極めて論理的で、一見、非の打ち所がありません。10人がいて饅頭が10個あれば、一人一個ですからね。しかし、その中に甘い物が全く駄目な人が居たらどうするのか。配る人が不正を働いたらどうするのか。人一倍大きい人、人一倍小さい人が居たらどうするのか、と想定すると、かなり複雑になります。
実際問題として、良い意味でも悪い意味でも、北朝鮮は一つの共産主義国の完成版です。在日韓国人の人達は、北朝鮮が良ければ帰れるチャンスはかなりあったのではないでしょうか。しかし、日本人として説け込んでいる人が多いのいうことは、日本は捨てた国ではないという一つの歴然とした証です。何度も言いますが、『ソ連(ロシア)祖国、中共(中国)祖国』と言っていた人の全共闘世代の人で、ソ連や中国に渡った人は居ません。しかし、日本を目指してやってくる中国人、韓国人、台湾人は多くいます。ロシア人でも北海道にいけばたくさん会えるようですが、反対にロシアに向かう日本人は少ないと想っています。
理論より現象こそが、本音です。サイレントマジョリティーを検証することは重要だと想います。
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