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2009年5月15日 (金)

地動説と天動説の違い

 数日前、何という番組だったか分かりませんが、未曾有の大不況で、新宿の質屋さんに貴金属、高級時計、ネックレスを持ち込む人が増えていると言っていました。その内の一人をインタビューしたときに、男性が「ダイサッカイだから」と答えていました。ダイサッカイ??と思って調べてみると、これは『大殺界』で細木数子という女占い師が、占いを鑑定と称して本を出版していたのですが、この中で良く使われる言葉のようです。

 私の調べでは、仏教も、キリスト教も天動説です。しかし、ガリレオが地球が回っているというので宗教裁判に掛けられたのは、キリストの聖書に『神の支配のお陰で大地が安定し、不動となった』という文言に、否を唱える学説を言ったからです。

 しかし、日本の神道の表徴は三種の神器で、天動説ではなく、地動説です。いったい、何が根本的に違うのか。地動説は万物流転ですから、他者と自分の距離と位置は定まりません。流転すると言う事はそこに間が必要になります。人間、時間・世間というように、日本人の言霊に、時の重要性が包含されています。

 世界に192カ国の国があるということは国旗の数も192本あるということですが、中国の五星紅旗アメリカの星条旗にしても、他国は、全て夜に輝く星を尊んでいますが、日本は初日の出に代表するように唯一太陽信仰の国です。

「こんな暮らしじゃあ、お天道様の下はあるけねえや」と任侠映画でいったかどうかは分かりませんが、お天道様とは太陽のことで、太陽の下で、大手を振って歩ける人生でなければならないが根本です。

 つまり、太陽を中心と見て、己は活かされているという考え方です。しかし、アラブの人は太陽を嫌がります。兎も角、熱いのですからそれで、多いに夜を楽しみました。サラサラの砂に寝そべり、月を見てロマンを語りました。これが千夜一夜物語の原形だと思っています。そこには、海と山がありません。常に景色は一定ですが、日本は山でも風によって常に木々は語り合い、海は一瞬たりとも、その姿を固定しません。正に千波万波の時、きたって 時いたっての中で、天に逆らわずに生きてきたのが日本人です。

 田植えの時期を間違えて秋にし、春にを収穫を考えたら、人智では同じでも、結果は真逆です。天に準じることこそが、日本人の知恵であり、まかり間違っても、天が産まれた月によって区別するという考え方を私は潔しとしません。自分の行為と結果を天道のせいにしていくほど、不遜で実は傲慢なものはないと感じました。

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