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2009年5月15日 (金)

冤罪がない時代へ①

 先頃、アメリカでDNA鑑定の進歩などで冤罪とわかった死刑囚が124人もいた事が判明しました。何の罪もない100人以上もの人が合法的に殺されていたかもしれないと考えると、ぞっとする事実です。

  今、私がハマっている海外ドラマ「プリズン・ブレイク」は、冤罪の為に死刑宣告を受けた兄を助けるため、弟が入所し、兄と共に脱獄するという話ですが、これも実話をモデルにしています。

 ミズーリ州に住む兄弟ドナルドとロバート・ヒューズ。兄のロバートは16歳の時に、精神病だった母親のウソの証言で刑務所行きになり、その後、母親が証言を変えたにも関わらず拘束が続いたため、5年後に弟のドナルドが入所し、二人で脱獄。逃亡生活4年目で無罪となったそうです。

 私が作家志望の理由の一つに、冤罪を晴らしたいという事があります。例えば、1948年帝銀事件の死刑囚・平沢貞通は冤罪だったと思っています。根拠は様々ありますが、私は熊井監督の逸話を一番重視しています。

 熊井監督は帝銀事件の映画をとったとき、犯人役の役者がどうしても、毒薬をピペット(スポイト)でとり湯飲みにいれるシーンがスムーズに行かないので、器用な人間にやらせましたが、誰一人として完璧にこなす事ができませんでした。熊井監督は平沢をクロと描くかシロと描くか考え倦ねていたそうですが、この時、「シロだ」と確信したといいます。

 つまり、毒薬の扱いに慣れていない一般人が、堂々と強盗殺人を敢行できる筈がありません。あの時代に毒薬の扱いにたけ、殺人を敢行できるような人物というと、真犯人は731部隊の人間という線が濃いと思っています。

 現に警察当局も、当初は731部隊をあらっていました。しかし、ある時GHQからストップがかかり、平沢が犯人という線で捜査を進めていきます。ちなみに、この時に平沢から自白をとったのが、あの有名な平塚八兵衛さんです。

 当時は自白至上主義でしたので、平沢は病気のせいで曖昧な供述をした事もあり、体の良いスケープゴートScapegoatに仕立て上げられ、死刑囚となりました。しかし、流石に歴代法務大臣が死刑執行のサインをしないので、95歳で亡くなるまで、獄中で過ごしました。

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