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2010年3月22日 (月)

日米安保50周年を考える46

 コメントを頂きました。

tm.nakaiさん

>質問です
>日本は浮揚できないように仕組まれた憲法しかし日本は世界第3位のGNP国となり、太平洋戦争以前よりはるかに国際的に「浮揚」しましたね。日本国憲法中で「戦争禁止」はアメリカの覇権下におくためとの目的があり、あなたの意見も一理あると思いますが、民主主義、人権擁護などその他大部分はアメリカ自身の持っている価値観でしょう。又今それらは人類史的に見て正しい価値観だと思います、「仕組まれた憲法」はおかしいのでは?

アメリカの核の下に入れば、父ブッシュ政権下でアメリカは核兵器の艦船搭載をやめ、ICBM搭載の原子力潜水艦を除き全ての核兵器はアメリカ本国にあるそうです(田岡俊次氏談)。これでは核の傘があるとは言えないのではないですか?また今の国際状況ではたとえ北朝鮮が軍事行動に移ってもアメリカは核兵器を使用しにくいでしょう。核兵器でなく通常兵器でも十分北朝鮮を圧倒できるからです。そして保守論者が心配するように、北朝鮮首脳が破れかぶれになり、どうなってもいいとして核兵器を使用するなら核による抑止力は効かない、なぜならそれは北朝鮮の指導者自ら北朝鮮という国家がなくなってもよいと思っている時だからです。これでは核の傘などあまり意味がないのではありませんか?

>民主党が躍進するという事になると、日米安保は危うくなる
なぜ日米安保が危うくなるのですか?現時民主党は日米安保を堅持すると繰り返し述べています。又具体的外交でも特別な変化は何もないと思います。あるの普天間基地問題だけですがこれについてもアメリカ政府の公式見解は日本の出方を待つであり、日米安保堅持については何も変化はありません。なぜ日米安保が危うくなるのですか?

>yamaki622さん

こんにちわ、NHK討論番組に出演したようですね。あの番組には大変興味を持っています。さてでゆうき欄さんの意見なのですが、どうも私の見た限りブログにはあなたの意見は書かれていないように見えました。非常に項目は多いがどうもあなたの考え方がわかりません。そこで

1:番組では中国からのサイバー攻撃こそが脅威であり、今どき軍隊云々なんて古いし問題じゃない、という主張のように見えましたが、それでいいのでしょうか?

2:番組アンケートでは日米同盟強化が多数の一方、米軍基地には否定的でした。この状態で日本政府とメディアは国民に十分問題を説明しており、国民は基本的な情報を得た上で意見が形成されていると思いますか?

3:あなたは日米同盟、あるいは日本の安全保障はどうすべきか、又は憲法9条についてどう思うのですか?
できれば教示していただき、その上で必要なら議論したい。また覗きますのでよろしくお願いします。

まずは、私の総論から入りたいと思います。私はブログの中で、しつこいくらい1945年8月15日の五日後、ソ連は日ソ不可侵条約を破りシベリアから南下。樺太や千島の北の領土、日本国土の一割をも強奪している。と書いています(日米安保50周年を考える38に詳細)

 日本人は嘗て他国の奴隷になった事はありません。法的には、です。しかし、アメリカに売られた黒人が、白人の元で粗末な食事しか与えられず蛇や鼠を食べ強制的に極寒の地で労働を強いられた事があるでしょうか? つまり、シベリアに抑留された日本の兵士は、世界の歴史の中でも劣悪の環境にいた事は確かです。その数60万人、鳥取県民と、ほぼ同数です。その全員がシベリアに連れて行かれ、一割の6万人が銃殺を含まずに二年で死んでいます。その原因は餓死です。しかも国際連盟という国際法があっての行使です。

 又、歴史を見て条約については、第二次大戦中、英仏が同盟し独と戦ったが、独の勢力が強く、英軍は全滅の恐れありと判断し、同盟を破棄してダンケルクから総兵を引きあげてしまった。すると翌日には仏が英に対し宣戦を布告している。生死をともにする軍事同盟も、勝ち目なしと見れば破棄するのは当然。と書いています。日本にとっての身近で最大の脅威は何といってもロシアでした。間宮林蔵が生きていた時代から、既に日本はソ連の脅威にさらされています。(2008年8月 1日 (金)その時、歴史は動いた 間宮林蔵をみて①~⑧に詳細)

 ですから、日本はドイツと防共協定を締結してソ連の脅威に対しました。しかし、そのドイツは独ソ不可侵を締結してしまいました。よって「ソ連が日本に攻め込んだ。ドイツよ、助けてくれ」といっても、ヒトラーは「助けたい気持ちは山ほど有る。しかし生憎、ドイツはソ連とは戦争しないという条約を締結したから、悪いけど助けることはできない」といって来ることは必定でした。

 ここで東条英機と松岡外相は、直ぐに方針を変えるべきでした。相手が先に、こちらの信頼を反故にしたのですから構うことはありません。日本は英米とも同盟を組んでいれば、どちらに加担することもなく厳正中立の立場が取れました。しかし松岡は「独・伊とは心中も辞さず」と決めていたので、何ら方向転換することもなく日独伊の三国で世界を敵に回してしまったのです。

日本は良く言えば、お人好しで、悪く言えば無知蒙昧です。日本は日ソ不可侵を本気で護ろうとしていた。しかし、ソ連は最初から守る気などありませんでした。まして松岡が言った「独・伊とは心中も辞さず」に至っては、政治家として官僚として、愚かです。後に松岡本人が晩年に「ボク一生の不覚」といっているくらいです。一人の不覚によって310万人の同胞が死にました。勿論、松岡だけのせいには出来ませんが。

 つまり結果として、条約は必ずしも守られない事がある。その最悪のケースまで考えて対処するのが本来の防衛だと私は認識しています。つまり、条約は大切、かつ重要で結んでおくべきですが、100%信頼する訳にはいかないというのが、過去の検証からの結論なのです。石原都知事も田母神さんも、「日米安保があっても、アメリカは日本を護るとは限らない」といっていますが、私も、そう思います。

具体的に、日米安保を履行するのは、オバマさんです。アメリカと日本の関係はつきつめれば、鳩山さんとオバマさんの人間関係ということになります。そこに、仏があっても魂が違えば結果は異なります。

そういう点では、嘗てのロンヤス関係は心強いものでした。ブッシュ・小泉関係では、小泉さんがプレスリーの真似をブッシュの前で披露したこともありますが、そこへいくと、鳩山・オバマ関係はどうなのでしょう。鳩山内閣は小鳩内閣とも言われています。つまり実権は小沢さんが握っていると捉えています。

 ヒラリー・クリントン国務長官が一年前、日本へ訪れ小沢さんに会談を申し込んだ時、小沢さんは結果として会談したものの、随分とシカトしました。ヒラリーさんは明らかに憮然としていました。レディファーストの国の、それも大統領夫人であったヒラリー・クリントンを袖にしてしまった訳です。仮の話ですが小沢さんが総理になって、有事が生じた。その時オバマさんが「どうするヒラリーさん?」といったとき、ヒラリーさんは「日本を護ってあげて」と即座に言うのか、言わないのか。その間、日本はどうなっているのか。

何しろ小沢さんは、唯一の軍事同盟国であるアメリカのヒラリーさんは蔑ろにしても、大訪中団600名を引きつれて胡錦濤国家首席と握手をさせました。それは次の衆院選でのポスターになることでしょう。同じ現象でも、見る角度と立場によって、解釈は極めて異なります。

 つまり、日本人から見れば中国と仲良くする事は良いことです。しかし、アメリカから見れば「日本の唯一の軍事同盟である日米安保より、アメリカの知らないところで、日中安保でも考えているようね」ということにも、なりかねません。何しろ、彼等は日本人・中国人・韓国人・モンゴル人を同じ顔で区別がつかないと認識しているのですから。

 よって私の結論、日米安保は必ずしも履行されるものではない。現に、昨年はどうであったか(日本を取り巻く状況09/04/05に詳細)日本は条約によって核の傘の下に居る事にはなっていますが、本当にそうであるのかとなると、それはアメリカの経済状態。つまり、アメリカ国民が直ぐに日本を救えということになるのかの世論の問題、米国大統領と日本の首相の人間関係も様々に加わってきます。これが、日米安保、条約に対する総論です。

 次に核についての大まかな見解です。忠臣蔵、赤穂浪士が何故おきたのか。それは幕府が制定した武家諸法度に喧嘩両成敗という成文があるのに、それを幕府は履行しなかったとして、大石内蔵助は、「天下の御正道を正したい」としました。しかし一方で、浅野内匠頭が錯乱したのであって吉良上野介に罪はない。よってお咎めなしという理屈が成り立ちます。

 当時の徳川幕府は立法、司法、行政の三権を握っていましたので、今で言えば、司法が出した結論に対するテロ攻撃ともなり実は調べてみると、江戸城における刃傷事件は元禄赤穂事件を含めて7度ありましたが、被害者の側が咎めを受けたという記録は残っていないようで、特段、幕府が吉良に温情を与えたとする過去も検証は出来ません。

 従って、四七士の行動は凶器準備集合罪、徒党を組んで吉良宅に押し寄せ、門などを破壊して侵入しているので家宅侵入罪、吉良と家来を殺害で殺人罪、江戸の街を騒がせた事で騒乱罪ともなりえます。 しかし江戸の市民(町民)が狂乱乱舞したのは、何といっても、綱吉の『生類憐みの令』に対する恨みの反動があったからだと思います。

 仮名手本忠臣蔵となり、三〇〇年以上たっても色褪せないのですから、その人気は絶大です。何を言いたいのかというと、法律とは人間の価値観を成文化したものであるという高尚な定義があります。これを多くの人は信じきっていますが、そうであれば、現代人は、天下の極悪人集団をヒーローに仕立て上げていることになります。しかし、この忠臣蔵の物語は、アメリカ人でも知っていて、日本人を知るときの一大スペクタクルです。

 赤穂浪士の忠臣蔵から300年以上、経過しました。沖縄返還の密約問題ですが、貴重な資料は焼かれていますので、いったい日本はいくら支払ったのかさえ分かりません。しかし、300年以上前の忠臣蔵は、たとえば大石りくに送った一老婆の手紙さえ残っています。ということは、代々、日本人は、この物語を大切にしてきたことになります。

  しかし、当時の裁きで言えば、それこそテロ集団です。従って、庭先で切腹させるという武士であって武士でない作法での処刑となっています。当時の法律でも現代の法律でもいい。皆さんが赤穂浪士の弁護士だったら、どう弁護しますか。『生類憐みの令』を裁くことは、当時の法律ではできません。今の法律でも、検事側は問題の本質が違うということでしょう。それでも、赤穂浪士の物語は300年続いています。

 そうなると日本人はテロ集団の物語を支持しているのでしょうか。そう考えると、実は法律で裁く事には限界があります。行列の出来る法律相談相談所で弁護士軍団が全員同じ答えを出した事は、一体どれだけあるのでしょうか。ということは、司法の裁判長であっても4人の弁護士のように意見が分かれるのは必定です。何しろ同じ司法試験に合格している。同じ法文を見て裁いても北村裁判長に裁かれた被告人と、本村裁判長に裁かれた被告人とでは結果が違ってくると思います。

 現代では、如何に凶悪な殺人鬼でも殺せば殺人者です。しかし戦争ともなると英雄になります。私は大の忠臣蔵ファンですが、そこからの教訓は「法律とは、人間が定めた方便である」と捉えています。法律的には核の下ですが、それが履行されるかは疑問です。無論、核の行使を私は望んでいません。

 今ある核の全てを一箇所に集めると、地球は、その軌道を外し、どこに飛んでいくか分からない程の威力をもっています。しかし核があるということは、それこそ格が違ってくるのです。

 同じような条件でも、盗みを考えるときにドーベルマンがいる家と、猫しか居ない家では猫の方にはいるでしょう。嘗て、中国は眠れる獅子と恐れられました。その中国に挑み、勝ってしまったのですから世界は信長が今川義元に勝った以上に日本を侮れないと考えを改めました。それほど日本は恐れられました。

 何しろ、女王蜂を守る兵隊蜂は一度、刺したら自分が死ぬのに、相手が象であっても掛かっていく。しかも、死を恐れないというのですから、これは脅威です。戦う以前は理性で語っていても、その有事の渦中になったら理性(法律)など意味が全くありません。

 家康が何故、天下分け目の関ヶ原で勝利したのか、司馬遼太郎さんが関ヶ原の陣形をドイツ参謀本部のメッケルに見せたところ。「これは西軍の石田三成が勝った筈」と言いました。「実は東軍の家康が勝った」と教えると「あり得ない」といいました。そこで「実は小早川秀秋の裏切りがあった」と知らせると「あぁ、それなら、理解できる」と言いました。

 つまり、戦いというのは、心理戦でもあるわけです。質問にも書いてありましたが、最終的には使用しない核であっても、持っているのと持っていないのとでは相手に対する威嚇、抑止力が全く異なります。

 例えば、警察官は以前、腰に拳銃をぶら下げていました。私は見たことがありませんが、腰から一リットルのミルク瓶をぶら下げているような印象だったそうです。(いすけ屋さん、そんな感じでしたか? 知っていたら教えて下さると大変、助かります)だから「おまわりさんに言うぞ」という言葉は大変な力を持っていました。

 お巡りさんと話をするという事は、拳銃を持っている人と話をするということです。だから人々は警察官に声をかけられただけでも緊張しました。しかし、今でも拳銃の携帯は義務づけられているのですから、本来の威圧感は同じ筈ですが「お巡りさんに言うぞ」という言葉は死後です。

 その違いは、単に見せているか、みせていないかの違いだけです。「ない」というのと、「もっているかも」の違いは天と地の開きがあります。北朝鮮は油がないので船で日本を襲ってくる可能性はありません。あるとすれば空からです。北朝鮮の外貨稼ぎは、ミサイルと偽札と覚醒剤だけです。GDPは日本の五〇〇分の一、本来ならば何ら恐るるに足らず。
 
 しかし「核をもっている」これだけで、アメリカも一目おきます。だから北はもっているわけです。核をもてば、それだけで、扱い方が変わるからです。核は使わない。だから、持たない方が良いというのは日本の常識、しかし世界の非常識です。

  何しろ、アメリカは3億丁もの銃をもっています。国民の数以上です。これがアメリカの常識で、使用せずとも使用の可能性を含ませる。ない武器をあるように見せかけて戦った武勇伝はあっても、丸腰を強調して戦った歴史があったら教えて下さい。取り敢えず、総論を書きました。具体的な答えは、次号に続きたいと思います。

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コメント

もう、このブログでは「いすけ屋」は引っ張りだこみたいですね。
昔の警官の姿はよく憶えております。小学校1・2年のころ、遊んでもらってた近所のお兄ちゃんのお兄ちゃんが、警察官になったときのことです。制服姿のそのお兄ちゃんはとても勇ましそうで、かっこよかったです。腰には50センチくらいの警棒をぶら下げ、拳銃も持ってました。これ見よがしに誰でも確認できたと思います。でも咄嗟には抜けないようになっていて、幼な心に「こんなので、いいのかな」と思ったものです。すぐに理由は判りましたが・・。この拳銃を狙って、警官を襲う輩が現れたからです。昭和30年頃です。

それから、コメントで<アメリカは核兵器の艦船搭載をやめ、ICBM搭載の原子力潜水艦を除き全ての核兵器はアメリカ本国にあるそうです(田岡俊次氏談)>と言う箇所がありますが、現在は、米国は抑止力を高める観点から、核兵器の存在や移動など手の内を見せない「あいまい戦略」(No confirmation NO Denial=NCND)を取っており、正しくありません。戦略的に当然のことでしょう。

投稿: いすけ屋 | 2010年3月22日 (月) 20時26分

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