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2010年3月23日 (火)

日米安保50周年を考える47

具体的に  yamaki622さんの ご質問にお答えします。

こんにちわ、NHK討論番組に出演したようですね。あの番組には大変興味を持っています。さて、ゆうき欄さんの意見なのですが、どうも私の見た限りブログにはあなたの意見は書かれていないように見えました。非常に項目は多いがどうもあなたの考え方がわかりません。そこで

1:番組では中国からのサイバー攻撃こそが脅威であり、今どき軍隊云々なんて古いし問題じゃない、という主張のように見えましたが、それでいいのでしょうか?

A  そうは思っていません。「谷川に堤防・海に防波堤・国家に国防は不変不滅の大原則です」といえば良かったし、時間があれば「時代は見える戦争から見えない戦争へと変わっており、ウインテル(Windowsとインテル)、アップルのマックOS、グーグル、WEBOS、つまり、WEBサイト、ブログ、ツイッター、スカイプと全て握っているアメリカと反駁したら日本は情報革命の時代の波に乗り遅れると、言うべき所を振られた時間が短いと思ったので前半を飛ばしてしまった感があります。

れいさんという人からも

貴女の発言が司会者に遮断されたのは、「中国に悪い」と判断されたからではありません。単に、「話のポイントがズレていたから」で、ダラダラ話されても時間が無いからです。

というコメントがつきましたが、この部分については全くその通りです。1を言ってしまうと2が言えなくなってしまうと思い、2の部分を優先させたのですが、要するにレスポンスresponseが悪かったわけです。櫻井よしこさんの様に自分の気持ちを上手く伝える能力に欠けていたため、日米安保を更に発展させる必要があるという事を伝えることが出来ませんでした。

今となっては言い訳ですが、少なくとも、日米安保の過去の成果から負担を引いて、利と出るか損と出るかの検証、軍事的にどう捉えるべきなのか。経済的には、どう捉えるべきなのか、今後、どうすべきかという構成であれば、下は一九歳から上は七五歳という祖父母と孫世代ほど違う人達でも共有して協調できる瞬間もあったかなと思っています。出演していた人達も、恐らく消化不良だったでしょうし、私の友人も何を話しているのか分からなかったと言っていました。出演した私自身が結論が何であったのかパッと答えられないので、脳科学というか大脳生理学的にいえば、結論が出ない討論ほど苛々するものはないという学説もあるそうなので、私の発言がそちらに加担してしまったなと思っています。どちらにしても、ご指摘は正論だと思っています。

2:番組アンケートでは日米同盟強化が多数の一方、米軍基地には否定的でした。この状態で日本政府とメディアは国民に十分問題を説明しており、国民は基本的な情報を得た上で意見が形成されていると思いますか?

A  私の検証では、国民が正しい結論を出したという検証が見つかりません。  たとえば世界一人気の高かった政治家はヒトラーでした。日本でも東条英機、その後の田中角栄、最近では小泉さん。  皆、異常な人気でしたが、経済を良くしたというより、経済をたたき壊したに近い人物です。

 戦争とは、経済が行き詰まる、外交で片付かなくなる。だから戦争になるという順序で進みますので、実は経済と戦争は密接な関係にあり、具体的に書けば、俺達は苦しい、集団で盗みをしよう、そうしようが戦争への道です。ヤクザがそれをやれば抗争。国上げてやれば戦争と名前を変えるのだと思っています。

  吉田松陰は世界一の教育者だと思っています。教えは

飛耳長目⇒全国から情報を集め。正しい眼で真実を探し出し、国危ういときは一命を賭せ。

草莽崛起⇒身分に関わらず起ち上がれ一君万民⇒全ては帝の臣下である。
  松陰亡きあと松陰が現れないのは、この教えを素直に認める人が今の日本人には少ないからだと思います。  国は護って欲しい。しかし、普段は遠くにいて、そのときだけ駆けつけろと言う理屈はアメリカには通らないでしょう。

 例えば、幕末の志士達が、我々は尊皇攘夷の勤皇党を結成しました。みなさん私達に一票を入れてもらえば、徳川幕府を壊しますといったら、票は集まったでしょうか。寧ろ、国民は間違った選択をした方が遙かに多いというのが私の検証です。

それではどうしたらいいかですが、一つ言えることは、今の有権者達はコメンテーターの意見に左右されていると思います。厳しく言うと好きなコメンテーターが何を言ったかに多いに左右される時代になっていると感じています。

  話はそれますが、民主党の人気が下がり続けているのに自民党の人気が上がらない事を様々にいいますが、私は自民党はハッキリ「郵政民営化は大きな間違いで、何よりも、年金こそ民営化を図るべきであった」と言えば、国民は、「あぁ、やっぱり『改革を止めるな、郵政民営化すれば、地方財政、安全保障そして外交まで良くなる』は大嘘だった」と分かると思います。経緯だけで結果を定かにしないと脳は悪くなるばかりです。

先ずは、隗より始めよ。 

ですから、私のNHKでの発言は、赤点以下だったと思っています。

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特集 日米安保50周年を考える」カテゴリの記事

コメント

貴女は、NHKでの討論では御自身のResponseが悪かったと反省しています。しかし、その反省は、3月22日の記事(日米安保50周年を考える46)では、全く活かされていません。なぜなら、この記事は、お二人の質問者の方々の御質問に適切にResponseしていないからです。
初めから上述の記事(日米安保50周年を考える47)のように回答すれば良いのに、貴女は、22日の記事で、「私の総論」と切り出して、「東條や松岡がどうの、徳川がどうの、赤穂浪士がどうの」と、またダラダラと前置きを繰り広げています。この記事を、貴女の御友人に読ませたら、恐らく殆どの方々が、「で? だから? 結局、結論は何なの?」と思料するでしょう。ダラダラ書いて、焦点がボヤけているからです。この記事で、貴女はNHKでの討論と、同じ過ちを繰り返しているのです。22日の記事に対し、お二人の御質問者の方々は、あの時のNHKのアナウンサーと同じ気持ちになられたことでしょう。

歴史を学ぶことは重要です。 しかし、一番やってはいけないことは、当時と現代ではイデオロギー、倫理観、時代背景も異なるのに、「あの時代は、こうだった。」という過去の事象を、無理に現代に当てはめようとすることです。 世界各地で戦争が行われ、各国が植民地の拡大に躍起になっていた時代ならともかく、平和が大勢を占める現代、現行の安定した日米関係において、アメリカの軍事協力要請を日本が断っても、その論理に整合性があれば、それを理由にアメリカが日本に対し経済的制裁をすることは有り得ません。 軍事は軍事、経済は経済であり、少なくとも現行の日米関係において軍事、経済を一緒くたに考えること自体、時代錯誤です。 

そもそも、「愛国心、愛社心、愛校心、家族愛」というのは、「自然に芽生えるもの」であり、他人から強制されるものではありません。 その国に住んでいて、平和に、幸せに暮らせていれば、自然に愛国心は芽生えるのであり、給料が良く、毎日、会社で充実した仕事ができれば、自然に愛社心が芽生えるのであり、充実したキャンパス・ライフが過ごせれば、愛校心が芽生えるのです。親に虐待されている子供に、親を愛せと強制できるでしょうか? 国の命令で愛する夫、子供を戦争に取られて失った女性に、国を愛せと強制できるでしょうか?
「お国のため」などという戦時中の帝国主義的な考えを、現代日本に当てはめようとする考え自体がナンセンスです。現代日本人は当然、愛国心よりも家族愛にPriorityを置きます。万が一、日本が戦争に巻き込まれたら、多くの人々が、国のために戦おうなどと考えず、その前に家族と一緒にニュージーランドなどに逃げようと考えるでしょう。独身で伴侶がおらず、子供もいない櫻井さんが、この現代日本人の、ごく普通の論理が理解できないとしたら、本当にお気の毒な女性です。

投稿: れい | 2010年3月24日 (水) 18時33分

私もブログを書いていた事がありますが、ブログというのは他人様に説教される為に書いているのではないので、相手にしない方がいいでしょう。自分の思った事を自由に発言できるのが、その人のブログです。それほど言うなら自分でブログを立ち上げて、そのブログで自分の意見を発すればいいわけですから。

投稿: まつ | 2010年3月25日 (木) 10時54分

れいさんは、アンチ櫻井よしこですね。

櫻井さんを称えていたので、一回目は冷静だったのに二回目では激怒したのでしょう。

それから国に関する発言からして左翼思想の人の様ですね。

投稿: 哲じい | 2010年3月25日 (木) 15時14分

哲じい様

誠に恐縮ながら、小生は自身が左翼とは認識しておりません。 現代日本の、多くの人々が抱いている、ごく普通の考えの持ち主と認識しております。
現代日本で、「もし戦争が起きたら、国のために武器を持って戦う」などと考える人間が、どれだけいますでしょう? 小生は、四季があり、自然に富み、治安が良く、交通が整備され、優れた技術力のある日本という国が大好きです。 君が代の荘厳な曲調も大好きで、オリンピックで日本選手を応援し、金メダルを取って、君が代が流れれば、同じ日本人として、ジーンと嬉しくなります。 しかし、国のために武器を持って戦えと言われれば、お断りです。 小生には、荊妻と2歳の娘がおり、そして5月には愚息が生まれる予定です。 「国より、当然、家族が大事。 国が無くなっても、べつに海外で家族は生きていける。」 この考えが、特別でしょうか? 小生は、ごく普通の考えを持った日本人と認識しております。 独身で、子供のいない櫻井さんに理解できるか存じませんが、愛する夫を持つ妻、愛する子供を持つ母親ならば、このような考えを持つのが自然ではないでしょうか?
櫻井さんは、「韓国では、あの優しいお顔のペ・ヨンジュンだって兵役がどうのこうの」と言っていました。 そこまで言うのなら、櫻井さんは、自ら率先して銃を持って兵役に従事するべき。 彼女だって鍛えれば立派な戦力になります。 自身は提案するだけで、そのツケを、前途ある若者にだけ強いるのは戦時中と同じで、整合性がありません。 他国には兵役があるとかは関係なく、日本は日本なのであり、何も他国のマネをする必要はなく、そんな日本という国に誇りを感じる次第です。

投稿: れい | 2010年3月25日 (木) 17時00分

れいさんとやら、マザーテレサは結婚しておったかな? 子供はいたかな? 彼女以上に貧しい人や恵まれない子供の事を考え、行動した人がいたのだろうか。

子供が欲しくても授からない人はいくらでもいる。その逆に子供を折檻死させる親もおる。それを以て櫻井女史を非難するは論点がずれている。

投稿: 団塊の親爺 | 2010年3月25日 (木) 23時29分

団塊の親爺様
誠に恐縮ながら、再度、愚見を申し上げます。 小生は、団塊ジュニアです。
小生が申しているのは、「独身の櫻井さんが、もし理解できないとしたら(理解できるかどうかは存じませんが)、遺憾である。」ということです。 実際、毎日、明かりの付いていない真っ暗な部屋に帰宅するという生活に何十年も慣れている独身者の中には、理解できない人間もいるでしょう。 しかし、これは、「全ての独身者が、理解できない。」という内容を含意しません。 貴殿御指摘の通り、マザーテレサが、理解できる独身者の例なのでしょう。 弊拙文が誤解を招いたようでしたらお詫び申し上げます。 尚、マザーテレサのように、貧しい人々や恵まれない子供たちのために捧げる、いわゆる「博愛(平等愛)」と、母親が、自らお腹を痛めて血を分けた子供だからこそ、他の子供よりもかわいく感じ、他の子供のためにはできなくても、自分の子供を守るためならば何でもできるという、「差別愛」では、意味あいが異なると思料致しますが、詳細は割愛致し度く。 ただ1つ言えるのは、「親が自分の子供を思う心」には、愛国心など比較にならないほどの凄まじいパワーがあるということ。 尤も、子供を虐待する最低の親が存在するのも事実ですが。
野生のライオンも、鳥も、子を産み、守り、育てます。 これは生物の摂理です。 人間も生物の一種であり、自国が戦争に巻き込まれ、他の国に移った方が子を守り、家族一緒に幸せに暮らせるならば、そうするというのが、日本人である前に、生物として、自然ではないでしょうか? それほど特別ではなく、ごく普通の考えであり、多くの現代日本人が、このように考えていると存じます。

投稿: れい | 2010年3月26日 (金) 11時30分

 れいさん、貴方が櫻井よしこさんをどう評価するか、それは貴方の勝手です。しかし他人のブログで批判するのは許せませんね。それほど、お偉いのなら自分のブログでやりなさい。

投稿: なな | 2010年3月26日 (金) 12時20分

れいさん

 自分の妻と子供を守りたいというのは皆、同じです。ゆうき蘭さんは、恋人や家族を思う人間愛も、故郷を思う愛郷心も学校、或いは会社を思う愛社精神も愛校心も世の中には満ちていて大いに認められるのに、それらが乗っている日本という国を愛するというと右翼と言われるのはおかしいのではないか。家族あって、家族が生活する故郷あって、そこで働く会社、学ぶ学校は国の上に成り立っている。ならば、その国を思う気持ちも自然発生的なものであり素晴らしいのではないかと言っているのです。論点がずれていますよ。

 それから、実際問題として貴方の一家だけ海外に逃亡といっても、子供が成長すれば簡単に分かるけれど、子供の社会関係が強くなっていくんです。お子さんに「うちだけ逃亡しよう」と言っても、お子さんは友人を捨てて自分だけ逃亡する事に何らの感慨も抱かないのでしょうか。或いは、れいさんにも親戚、知人、友人がいるでしょう。遊牧民なら兎も角、私達は日本に根付いて生活している人が大半です。それらの方々を置き去りのようにしても何らも感じないのですか。

 日本という国は好きだと仰っていますが、侵略されるという事は、それら全てが消える事だって有り得ます。具体的には北京五輪の際に話題になったチベット問題。1950年に中国はチベットを侵略し、以降50年の間で128万人、人口の1/5以上も殺害され、チベット仏教は徹底的に破壊され、インドへの脱出をはかった難民の多くも中国軍に捕まり、強姦・殺害されています。そして寺院や聖地は破壊されチベット語は制限されるので母国語を話せる人はどんどん消えています。れいさんは日本がそうなっても海外に逃げればいいと仰る。一方で日本が好きだという。私には理解できません。ゆうき蘭さんの方が筋が通っていると思いますよ。

 戦国時代、敗軍の報せを聞いた城に残った女達は泣き崩れたのか。そうではありません。たすき掛けをして薙刀を持ちました。何故なら、直ぐに勝者が攻めてくるからです。そんな時に「おやめください!」と泣き叫んでも血に飢えた兵には最高の興奮剤にしかなりません。だから戦国の女達は武装して「私達に指一本でも触れてみろ!その手を切り落としてくれる!」という気概をもって挑みました。窮鼠猫を噛むという言葉があります。か弱い女であっても鬼神の如くの決死の形相で挑めば相手も怯むのです。

 ですから、私はお祖母ちゃんですが三人の孫を有事の際には身を挺してでも守る覚悟です。そして、そういった「心構え」が必要だという主旨をゆうき蘭さんはブログで訴えています。例えば、彼女には7つ下に弟さんがおられますね。私も兄弟が多いから分かるけれど、7つも離れていると姉弟であり息子でもあるんです。口では(文字では)愚弟のように書いておられますが、本当に仲が良くなければそんな風には書けないものです。或いは、それは戦前の日本人が、どんなに愛妻であっても体面上は「愚妻」と言ったように日本人の美徳です。

 歌人・与謝野晶子も末の弟が出兵した慟哭の歌を残しています。彼女も弟さんを戦地に行かせたくないでしょう。言葉尻だけを捉え、相手の心を読まないコメントは慎まれた方がよいと思いますよ。

投稿: 千代ばあ | 2010年3月27日 (土) 00時42分

団塊の親爺より、れいさんに

丁寧なご返答痛み入る。

>母親が、自らお腹を痛めて血を分けた子供だからこそ、他の子供よりもかわいく感じ、他の子供のためにはできなくても、自分の子供を守るためならば何でもできるという、「差別愛」では、意味あいが異なると思料致しますが、詳細は割愛致し度く。 ただ1つ言えるのは、「親が自分の子供を思う心」には、愛国心など比較にならないほどの凄まじいパワーがあるということ。 

私と妻の間には5人の子供が居て、3人の孫が居る。貴方は、それらを思う心は自ら凄まじいパワーがあると言われて居る。まもなく二人目誕生だとか。しかし、私の場合、長男がロス、次男は中国に居る。争乱となった時、とても貴方のように一族を呼び寄せて、どこかに逃げることは出来ない。

 それよりは日本が安定していれば全員が安泰で居られる。しかし日本がやられれば一族が一挙にやられる。その方が合理的だと考えている。更には他人の子も救える道が自分の子も救うことになる。

 真田幸村の父は、兄を徳川に、弟・幸村を豊臣に託した。それで、兄弟は敵味方に分かれて戦った。そうやって真田家を守った。人生は分からない。貴方は思うに40を目指す頃の歳だと思われる。余程、順調で思い通りになった人生の方かも知れないが、分からんぞ、人生は。うちの家族に限っては無事安泰だと決め付けるのは勝手だが、思わぬところで思わぬところが起きるのが人生。

 相思相愛の男女のが罵りあい、骨肉の争いで別れることは、何も珍しいことではない。家族で楽しく暮らしたいと誰もが思っている。しかし離婚もあれば、病死もあれば、労災死もあるし、子供の非行、犯罪もある。そのとき、救ってくれるのは友人ではない。結局、最低限の救いは日本という国のシステムの中で救われる。

だから「親が自分の子供を思う心」には、愛国心など比較にならないほどの凄まじいパワーがあるということ」に私は承服しないが、貫いて欲しい。国を捨てるなら国に頼るな。これを信条として頂きたい。貴方が国を捨てて何所の国の国民になるかは知らないが、日本以外の国は国防の義務というのがあるぞ。国は国民の生命・財産を守る義務がある。国民にすれば権利だ。逆に言えば、国民は国防の義務がある。それが世界の常識なのである。

 私は五人の子供を貧家の中で育てた。子供手当などなかった。しかし、いざとなったら国を捨てる貴方の元へは、二人分もの子供手当が支給される事になるだろう。しかし、国を捨てる親子に、何故、私からの税金が回るものなのか。日本が平和であるが故に国民への保障も行き届いている現状を当たり前だと思う事は勝手だが、失ってからでは遅いのである。

投稿: 団塊の親爺 | 2010年3月27日 (土) 13時18分

皆様へ

実は先週末、祖母、母、荊妻、娘と「親子4世代」にて群馬に温泉旅行に行っていたため、本日、団塊の親爺様、千代ばあ様からの貴重な御意見を拝読致しました。 深謝申し上げます。 もう、これを最後の閲覧、投稿とさせて頂きますので、どうか御容赦頂ければ幸甚でございます。
恐縮ながら、小生は言葉足らずの面もあったと思料されるため、最後に下記、愚見を纏めさせて頂きます。

① 自身の子供を虐待する愚かな親がいるのは事実です。 しかし、この一部の例外を除き、親が命を懸けて我が子を守るのは、「動物の本能」です。 野生のライオンも、鳥も、子を産み、守り、育てます。 これは動物の摂理です。 我々は日本人である前に、「動物の一種」です。 戦時中ならともかく、現代日本の、愛する子を持つ大多数の親にとって、この本能に勝る愛国心は無いでしょう。 この論理は、愛する子供を持つ人間ならば理解できるはずです。(重ねて申し上げますが、これは、「独身者ならば理解できない」ということは意味しません。)

② 日本が戦争に巻き込まれた事態においても、知人や友人もいるため、日本を離れるのは容易ではありません。 しかし、もしその事態が発生し、日本を出て他の国に移り住むことが、我が子を守るための「最善の手段(我が子を守れる可能性が一番高い手段)」であるならば、上記①の本能の論理に基づき、我が子を守るために、「その最善の手段」を選択します。 これは、たとえ国を愛していても、「結局、国と我が子のどちらが大事か?」と言われれば、後者が大事、ということです。 「国か、我が子か?」という究極の土壇場をしのぐためには、次に移り住む他国の国防義務の有無とか、日本で子供手当てをもらっていて国に恩があるとか、そんなことを考える余裕はありません。 日本が無くなっても、他国で生きていけます。 日本という国が好きでも、「背に腹は代えられない」のです。 これが我が子を守る本能です。
そして、日本を出て他国に移り住むことが、我が子を守るための「最善の手段」で、荊妻と子供しか国外に連れ出せないとしたら、小生の母親を国に残す覚悟もあります。 それが最善の手段ならば、小生の母親も、愛する孫のために、そうして欲しいと申しておりました。 小生にも孫が出来たら、母と同じ気持ちになるでしょう。 そして、それが最善の手段で、荊妻と子供しか国外に出られないとしたら、小生は日本に残ります。 しかし、それはやむを得ない場合に限るのであり、敢えて日本に残ろうとは考えません。 家族一緒が子供のためであり、自分のためだからです。 「国と自分自身、どちらが大事か?」と言われれば、国の方が大事だというほど愛国心はなく、それほどキレイ事は申しません。 現代日本の、大多数の人間がそうでしょう。
つまり、Priorityの順番は、子供 > 妻 > 自分自身 > 国です。 これは現代において、ごく普通の考えと認識しております。

③ 「歴史は繰り返す」と言います。 ですから歴史を学ぶことは重要です。 しかし同時に、人間は、「過去を反省する動物」であり、その反省を基に、時代はどんどん変化していきます。
つまり、戦前や戦時中(例えば原爆投下など)と現代では、イデオロギー、倫理観(例えば、仇討ちの是非など)、時代背景も異なるのに、過去の事例をあれこれと羅列し、それらを無理に現代に当てはめようとすることは非常に危険です。 「役立てること」が知識の意義なのに、これでは、かえって知識が弊害となりかねません。 「温故知新」は、一歩間違えば、「時代錯誤」なのです。 これは左派とは右派とか、関係ありません。 恐縮ながら、ゆうき蘭様の記事は、過去の事例の羅列があまりにも多くて読みにくかったため、ついイライラして語調が強くなってしまい、お詫び申し上げます。 決して相手が若いからではなく、老若男女、誰であれ、恐縮ながら、このような記事に対しては思わずこのような語調になってしまったことでしょう。 また、誠に恐縮ながら、団塊の親爺様のおっしゃる「真田家に近いような事態」が、はたして小生の家庭に起こりうるのか、また千代ばあ様のおっしゃる、「戦国時代の女達の気概」を現代の日本女性が、はたして持っているのか、それとも、現代の日本女性は、そういういざという事態には、我が子を守る最善の手段として、我が子を抱えてひっそりと城の裏口から逃げるという手段を選択するのか、当時とは時代背景が異なるため、小生は何とも申せません。  
  
④ 小生は、特別な思想を持っているわけではなく、右派でも左派でもありません。 家族を愛する、ごく普通の現代の一般的な考えを持った一人の庶民と認識しております。 少なからず挫折も経験してきましたが、ここまで来られたのは、多少の努力と、何よりも家族のお蔭です。 現代、公務員も、銀行員も、商社マンも、プロボクサーも、大多数の既婚者は、「誰のために働いているのか?」と尋ねられれば、国のためなどとは答えず、家族のためと答えるでしょう。 家族が最大のMotivationとなっています。 

他人様のブログに第3者を批判するコメントを送るな、自分のブログでやれと「命令する」コメントも拝読しました。 言うまでもなく、「批判」と「中傷」は異なるものですが、このような「命令」も賜りましたし、決算間近で仕事が多忙になってきましたので、これを最後の閲覧、投稿とさせて頂きます。 そして、自分のブログでやっていたら、団塊の親爺様、千代ばあ様、tm.nakai様、哲じい様をはじめ、皆様と意見交換をさせて頂くことは恐らくできませんでしたので、これこそがブログのコメント欄の意義と思料しており、改めてゆうき蘭様に御礼申し上げます。 誠にありがとうございました。
上述の通り、団塊の親爺様、千代ばあ様の御意見を拝読しても小生の愚見は変わりませんし、自身の考えも現代においては、ごく一般的と考えております。
しかし、お二方をはじめ、この場で皆様と意見交換させて頂きましたことは小生の誇りです。 一期一会(お会いしておりませんが)をブログという近代技術が可能にしたわけです。 小生の幼少の頃は、考えられないことでした。 時代がどんどん変化していることを示しています。 
これからお会いすることもありませんが、この縁に深謝し、最後に皆様の御多幸を祈念致します。 さようなら。

投稿: れい | 2010年3月29日 (月) 20時37分

昨日は月曜日でした。通常のビジネスマンだったら月曜日は忙しい筈ですが、この方は相当、この文書を書くのにも手間暇を掛けていますね。コメントが8時ですが、読んだのは午前中…10時頃でしょうか。これから決算というのは官公庁ではないし、大企業は3,9月だから。。。あるいは親から譲り受けた2代目だったら4月決算も考えられますね。

敵を作らないように、しかし自分の主張はそのまま。又、反論がつくと相当手間を掛けてダラダラと書くが論点がずれていて議論にならない。相反する二つの心模様から支離滅裂の文章になっているのでしょう。

それだけで、ゆうき蘭さんの卓越した才能が分かるのですが、そう言う事は認めたくないのでしょう。。。 自分では苦労したというような事も書いていますが、それは、誰もが感じる程度の苦労であって、特別な苦労ではないと思います。恐らく、この不景気にお祖母様とお母様と奥様とお子様をお連れになってご旅行できるのですから、まるで日本のトップの華麗なる一族の方のように、どちらかといえば裕福な方なのでしょう。危機感がないのも頷けます。

だとすれば、国からの子供手当もいらないのでしょうね。大体、海外逃亡するという発想もセレブです。自家用ジェットでもお持ちなんじゃないですか。だって、日本という国がなくなってしまうと私達は難民になってしまうのですから。

まあ、さようならと言っているのですから、もう出てこないと思いますが。でも、こういう人って案外、手を変え品を変えて出てきたりもするんですよね。。。 まあ、約束を守るという保証もありませんが。

投稿: まつ | 2010年3月30日 (火) 23時29分

団塊の親爺より、れいさんへ

まず最初に申し上げたい。言い逃げする人が多い中、貴方は、かなりまともです。何故まともなのかと思って三回ほど読んだ結果、ゆうき蘭さんのブログを大分読んで居るのか、論説の仕方がゆうき蘭さんに似て居るからではないだろうか。

それから、戦いたくない。逃げたい。家族だけでも。そう思うのは貴方だけではない。かく言う私も、そういう気持ちはある。ただ貴方が一つ分かっていないところがあるとすれば有事を語る人は危険だと思うのは止めた方が良い。平和を語る人、必ずしもその有事の時正しい行動を取るとは限らず、むしろ、常に有事に備えている人の方が適切な処置をしている。それが私の人生の中で見いだした真実である。ゆうき蘭さんが「口は重宝、何とでも言える」と何度も書いているが、全くその通り、有事のとき彼女こそ戦争回避に動くことでしょう。

そこが現代人が大いに惑わされるところで、国家国民のためと常に言い続ける小沢さん。しかし、銀行が危ないと思って4億円もの金を引きだし自宅に置いたという。我々庶民はせっせと銀行に預金しているというのに、辻褄が合わない。しかし、小沢という人は三人の男に仕えた。田中角栄はロッキード。竹下はリクルート、金丸は佐川急便。小沢さんは西松建設。彼女の特徴は、政権交代ではない。田中派・竹下はの延長であると言っていましたが、なるほど、その経緯の流れの中で西松建設問題が起きた。これを温故知新と言う。

>「歴史は繰り返す」と言います。 ですから歴史を学ぶことは重要です。 しかし同時に、人間は、「過去を反省する動物」であり、その反省を基に、時代はどんどん変化していきます。つまり、戦前や戦時中(例えば原爆投下など)と現代では、イデオロギー、倫理観(例えば、仇討ちの是非など)、時代背景も異なるのに、過去の事例をあれこれと羅列し、それらを無理に現代に当てはめようとすることは非常に危険です。 

こう書いた以上、一体どの記述が当てはまるのか、書かなくては卑怯である。私は1年半前からこのブログを読んでいる。私は貴方を悪い人間だと思っていない。しかし、ゆうき蘭さんを超える様な正しい歴史認識をしているとは到底、思えない。

未来を読み解くとき、過去のデータは非常に大切だと言う。しかし過去は現代ではないから表計算ソフトを使って、角度を変え軌道修正していく必要性があるが、過去のデータがなければそれも出来ない。基準にしても、一になるものが必要で、それが過去のデータから抽出される。しかし、結果は変えることは出来るが経緯は捏造できない。その経緯から未来を読み解かなければいけないというのは卓見だと思っている。

これを以て終わりにしたいという以上、前段の記述を何を持って明らかにしないことはゆうき蘭さんに失礼だと私は思う。彼女は一回として過去の中に現代を見いだしていない。これは作家・堺屋太一氏も同じで、今起きている現象を過去に探し、そして現代を読み解くという手法を使っている。小沢一郎を嘗て真田幸村と対比して語ったこともあるが、論説する時そう言う手法を使わないと説得できない。

ゆうき蘭さんは、「頭のいい人を未来が読める人だ」と言っている。彼女の場合は因・縁・果の法則、温故知新で読み解いていると自ら言っている。実に緻密で良く、ここまで調べ上げていると私は関心している。感情的・主観敵に語って居る部分は私には感じられない。寧ろ貴方の方にそれを感じる。

>本能に勝る愛国心は無いでしょう

本能とは教えずとも行為・行動する源であり、例えば、食べること止むる事は教えなくとも遣る。しかし愛国心は違う。愛国心こそ人間が人間である証であり、他の動物にはあり得ない。そして、それは教育に起因している。従って「本能に勝る愛国心」を全く理解できない。結論からいえば間違えている。

>日本が戦争に巻き込まれた事態においても、知人や友人もいるため、日本を離れるのは容易ではありません。 しかし、もしその事態が発生し、日本を出て他の国に移り住むことが、我が子を守るための「最善の手段(我が子を守れる可能性が一番高い手段)」であるならば、上記の本能の論理に基づき、我が子を守るために、「その最善の手段」を選択します。 

 と書いているが、貴方は70近い櫻井女史に武器を持って戦えと言っている。しかし、そういう貴方は他国へ行って他国の防衛に承知しない限り、その国の国民ではない。しかし、我が国は自国の国民でありながら、それをしなくていい。故に貴方のいっている事は支離滅裂だ。日本人でもないし、他国民にもなりえない。本能であることは認めるが理性Reasonではない。

それでは何か。私には自分勝手なご都合主義のエゴイストだと思っている。そのエゴイストがゆうき蘭さんの過去の検証は間違っているというのは正しくない。彼女の過去の検証は、ご都合主義のエゴイストの貴方に取っては理解は出来ても納得する事は出来ないと書くべきではないのか。それがない限り、陳謝ではない。改めて、貴方の自分勝手なご都合主義と捉えるしかない。

何れにしろ、貴方が忙しかろうが忙しくなかろうが、これを以て去るとするのは本心の現れであろう。大体、批判的なコメントに対して、誠意を持って回答する人はいない。『他を奪うなかれ、他は汝の母体にして 他と汝の結合は、明日の汝を造る』とブログの憲法で決めているゆうきさんは貴方のくだらないご都合主義のコメントにたいしても、削除もしていない。貴方が自分のブログを立ち上げることを切に望みたい。

投稿: 団塊の親爺 | 2010年3月30日 (火) 23時38分

私のコメントに対してコメントがついていたので、この件について最後に一言。

> 他人様のブログに第3者を批判するコメントを送るな、自分のブログでやれと「命令する」コメントも拝読しました。 

どうも、れいさんという人は何かと曲解する方のようですね。私は、別に命令している訳ではありません。れいさんの論拠なき威圧を非難しただけです。貴方の1回目と2回目のゆうき蘭さんに宛てたコメントは明らかに威圧的でした。本人は否定していますが、年も若いし女性だという事で、そのようなコメントをかいたのでしょう。

何故なら、哲じいさん、団塊の親爺さんなどの対しての態度と全く違います。自分より20も下の女性に対して威圧的に出るのはマナー違反です。別に批評するなと言っている訳ではありません。しかし、ゆうき蘭さんはネット社会の闇とも言える闇サイト事件の署名運動にも参加しています。そしてネット社会の無秩序を嘆いていますが、私も同感です。少なくとも相手に対して敬意をもって誠意ある態度でコメントするべきだと思いますし、それは良識ある大人の人であったら当然の常識です。まして2歳の娘さんがいると仰るなら、将来、娘さんが大きくなって20も上の男から威圧されたらどうですか?批判と威圧は違いますよ。

>恐縮ながら、ゆうき蘭様の記事は、過去の事例の羅列があまりにも多くて読みにくかったため、ついイライラして語調が強くなってしまい、お詫び申し上げます。 決して相手が若いからではなく、老若男女、誰であれ、恐縮ながら、このような記事に対しては思わずこのような語調になってしまったことでしょう。

貴方の批判は的を得ていません。貴方は、ゆうき蘭さんがtm.nakaiさんという人にあてた記事において、「ダラダラと長く書いている。最初から個々の質問に答えろ」といっていますが、これはおかしいでしょう。貴方は第三者なのに他の人にあてた記事について何故、口出しをするのですか? まるでWBCでイチローが「向こう30年は日本に敵わないなと思わせるようなプレーがしたい」と言っただけで韓国勢から大バッシングを受けた事件と同じです。

又、NHKという公共の討論の場では時間制限もありますし、手短に発言しなければならないでしょう。しかし、ここは、ゆうき蘭さんのブログです。ここに限って言えば公序良俗に反さない限り、彼女が思った事を、自由に、好きな形式で書ける場です。以上の事から私は余りにも威圧的で逸脱したコメントだったので、私は「そんなに仰りたい事があるなら、自分でブログを立ち上げておやりなさい」という意味を込めてコメントしたのです。

他の点に関しては、団塊の親爺さん、千代ばあさんなどが論破されているので割愛しますが、以上の点はハッキリとしておきたかったのでコメントをしました。

投稿: まつ | 2010年3月31日 (水) 17時14分

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