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2010年3月 2日 (火)

日米安保50周年を考える31

 日本は嘗て1ドル360円でした。(2010年2月 5日 (金)日米安保50周年を考える⑧に詳細)今は1ドル90円をわっているので4倍も円安でした。つまり、車を一台売ると今の4倍以上儲かった訳です。それで日本は多いに潤いました。

 そこでニクソンは考えました。「金で金を買うことにしよう。つまりドルで円を買えるようにして、世界のドルで円を買って1$=\100にすれば日本の輸出産業は利益を出せなくなる」実にアンフェアな考え方です。これをニクソンショックといいます。この時の総理が佐藤栄作さんで佐藤さんは東大出身の大蔵省の元官僚でしたが、その意味が分からなくなりました。

 つまり360円の固定が変動する変動相場制となったことで、円はドンドン、ドルに買われ、確か76円までにもなりました。でも、此処では話をしやすく90円にしましょう。1ドルは360円ということは100万ドルで3億6000万。 それが今は100万ドルで9000万です。

 そこでトヨタやソニーはアメリカに進出した方が得だと思いました。一方、アメリカの大金持ちは、100万ドルを円に替えて3億6000万円にしておきます。そして1ドル90円になったときに3億6000万円をドルに替えると400万ドル。100万ドルが400万ドルと資本が4倍になります。これが、円ドルレートの差益で儲ける現在のFXの基本です。

 つまりアメリカ人は、円安の時に円に変え、円高の時にドルに変えると儲かります。日本からみるとドル安の時にドルに替えドル高のときに円に替えると儲かる訳です。それでは今後、円高になるのか円安になるのか、これが全く分かりません。

 なぜ分からないのかというと、リーマンショックで金が少なくなったアメリカは2倍もドルを印刷し、ドル安にしました。しかし日本はたった6%しか上乗せして印刷していません。これではドル安、円高になるのは当然です。私が日銀なら円を二倍以上、刷ります。すると円安になります。そんな事をしたら大変だ。そうでもありません。何しろ印刷するだけですから。金は大切なものですが、原価は紙と印刷だけです。国という信用があるから、その価値がありますが、信用が無ければ、鼻をかむことすら出来ない不便この上ない代物です。

 嘗て高橋是清さんは、銀行の取り付け騒ぎが起きたとき、夜中、札をすりました。裏面まで擦っていると時間が掛かるので、裏面は白紙でした。世の中に色々な人がいますが、札束を燃やす人はいませんが、元は紙とインクだけの物。日銀は市場に金が余りだしたら、金利を上げて金を集め、燃やしてもいい訳です。

 デフレ、デフレといっているのですから、日銀は、お札を印刷して、世にドンドン供給すればいい。一体、何をしているのという状況ですが、しかし、それができません。なぜでしょう。アメリカがそれを容認するかどうかの問題があります。丁度、ニクソンが佐藤政権に押しつけた変動相場制も一方的で有無も言わさず切り替えられた訳です。自国を自国で護れない通貨は自国を自国で護れるドルに逆らう事は出来ません。つまり、自国を護れないと自国の通貨の有利性さえ確保できないという事です。

 オバマさんは、ダライ・ラマと会いました。中国は怒り、米国債を売りました。それでドル安円高になりました。巫山戯るなと言いたいところですが、それは言えません。何しろ、アメリカは武器を持っています。アメリカ人は、スーパーで大根を買うように銃が持てます。その数は3億丁。アメリカ国民が3億いませんから、今日産まれた赤ちゃんすら銃を持っているという計算になります。つまり、アメリカはジャイアン。日本は、残念ながらスネ夫君です。これが実情です。

 それでは、日米安保なんていらないとなるのですが、東京大空襲で、1945年3月10日 夜中の0時7分から3時間、B29爆撃機から江東、墨田、台東区の40キロメートル四方に焼夷弾33万発を投下、10万人の命が奪われました。70年安保の1年半前の1968年8月、チェコスロバキヤで起きた民主化運動、世に言う『プラハの春』では、立派な軍隊があるのにもかかわらず首都プラハは、たった8時間でソ連軍に占領されています。

 ベトナム戦争は1965年から75年まで10年間で、70年安保の真っ直中でした。ベトナムに派兵されたアメリカ兵は120万人。空から枯れ葉剤が7500万リットル。これは小学校のプールの水が36万リットルですから、その208倍になります。そして、現在でも100万人の人が、これは新宿、中野、品川区の合計の人々の全員が、その後遺症に悩まされている計算となります。更に言えば、785万トンの爆弾が落下、第二次大戦中のアメリカの累計使用量は205万トンに対し、その約4倍が、ベトナム一国に注がれた計算になります。

 そもそもベトナムは、弓矢一本、弾一発アメリカに放って戦争になった訳ではないのです。しかし、ベトナムが共産化するかも知れないという理由だけで、10年間も戦争しました。従って、70年安保が破棄され、自衛隊が解体されたら、当時の状況ならベトナムより遙かに価値がある日本を狙い、ソ連が北海道に南下し手中にするのは二時間もあれば出来た事でしょう。

 ところソ連が日ソ不可侵を破って樺太、千島を奪った時、ソ連兵が求めたものは腕時計でした。無論、強奪ですが。という事は、ソ連国内の腕時計は粗悪だったわけです。ソ連の自動車、家電製品、パソコン、ケータイ、使っている人いますか?

 日本を手に入れると言う事はトヨタ、ホンダ、ソニー、松下を手に入れる事に等しく、そうであれば日本に軍艦、空母、戦闘機、果てはミサイル、核を開発させたら、容易にアメリカ製を越えることは分かっています。そうなれば、アメリカはソ連の配下にならなくてはなりません。絶対に日本が赤化するのを見ている筈がありません。それに当時既にアメリカ兵達はベトナム戦争の目的を見失っていて、徴兵制だった事からアメリカの若者達はヒッピーとなり、政府にたいし反旗を翻していました。

 日本人は日本人の良さを認めていませんが、眠れる獅子とも言われた中国を1894年日清戦争で負かし、巨大な熊といわれたロシアは1904年の日露戦争で負かせました。兎も角、日本は敵に回したら厄介だ。身体も小さいのに、金太郎が熊を投げ飛ばすような強さで、柔道・剣道・武士道・侍・神風。この精神力とは何かと一目も二目も置いていました。しかも、それが集団となって女王蜂を護る兵隊蜂のように果敢です。彼等には理解できない精神力だったに違いありません。

 しかし、国民に日本は怖いとは言えない。怖いというと、子供が怖じ気づくからです。そこで「日本ほど悪い奴はいないんだぞ」と小さいときから反日教育を施したのが、中国、北朝鮮、韓国です。それではソ連は、何故、反日教育をしなかったのか。それを語ると、如何に共産圏の国でも真実あった事実を曲げる事は出来ず、日本が戦争に負けてから日ソ不可侵条約を破り、シベリアから南下。樺太、千島と世界三大漁場の一つ北洋漁場まで奪った行為は、どうひっくり返っても正義なる行動にはなりません。だから反日教育をしない道を選んだと解釈する方が筋道通りが通ります。

 グーグルアースとストリートビューを見れば歴然、CIAが見ている軍事衛星はもっと遙かにリアルで足下に落ちた煙草の銘柄さえ感知するそうです。フセインのイラクに大量科学兵器などないことも、もっと言えば、オサマ・ビン・ラディンだってどこにいるのか知っている可能性の方が大でしょう。だから岡崎冬彦さんは「アングロサクソン(英米人)を敵にまわすな。日本人がアングロサクソンを敵に回すと痛手が大きい」といっているように思います。

  今のところは、アメリカも我慢していますが、元々白人は肉食で狩猟民族。民族の血が騒げば、ある日、突然、更なる無理難題をいってくる可能性があります。鳩山さんの駐留無き日米安保に至っては腸が煮え滾っている可能性があります。中国は核をもっている。人口は日本の12倍以上、しかし日本は、丸腰で口だけ達者では、そうそう通らない。

 ドラえもんがいなければ、のび太はジャイアンの子分のスネ夫の子分になるしか無いんだぞと言うことを一度、漫画でやって貰えると説得力があるのかなと思っています。如何に叡智を結集して、ドラえもんを作っていくかが重要だと思っています。

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コメント

 なかなか、このシリーズは読み応えがありますね。現代の学校教育からは貴女のような(信念に近い)考えは、生まれ得ないでしょう。それなりに勉強しなければ、所謂無知ならば日米安保について論ずることも出来ません。
 ただし、これまでは9条を盾に、米国に護って貰うという意識を恥じることなく持ち続けた訳ですが、民主党の言う「対等」関係の同盟とするためには、相応の義務を負わねばなりません。その第一歩は「集団的自衛権の行使」です。この答申を握りつぶした福田元総理。さらに一言も触れなかった麻生総理。自民党は壊れるべくして崩壊しました。
 とは言え、鳩山小沢政権に、どこまで期待出来るかといえば、これは皆無でしょう。せっかくの安保改定50周年ですが、おそらく何の進展も見られないと思います。
 半数以上の国民が、貴女のような考えを持てば、日本も変わることが出来るんでしょうけど・・・。

投稿: いすけ屋 | 2010年3月 2日 (火) 21時02分

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