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2017年2月10日 (金)

トヨタの話③

 そういう訳でトヨタと日産は遺伝子が違う! 1960年、今から60年前は「販売のトヨタ、技術の日産」といわれ売上ではトヨタがトップになっても、技術は日産の方が上というトヨタにとっては屈辱の日々が続いた。
 しかし1966年日産はプリンスと合併しても売上で首位に戻ることはなかった。因みにグロリアとスカイラインはプリンスの車だった。だからトヨタの「いつかはクラウン」という時に、日産はセドリックとグロリアで対抗したものだったが敗退の一途を辿った。どうしてそうなったのか3つの要因がある。
 一つはトヨタが江戸時代でいえば豊田藩ともいうべき労使一体、社員は従業員ではなく家族という日本式経営をしたのに対し、日産は経営者を敵とする労働組合が強くなった。要するに日産はソ連経営をした。二つ目はトヨタは車を作るトヨタ自工とトヨタ販売に会社を二つに分けた。日本人のDNAは物を作る人は偉い。しかし売る人はそうでもないという気質がある。
 日産では俺達は良い物を作っているんだ。お前達は黙って売れとなるが、トヨタは販売から自工に注文の伝票が来なければ売れない。そうすると自工は販売に気を使い販売社員のいうことを聞く。すると
「クラウンの売れ行きはどうですか」
「お客さんはクラウンに乗りたいんだが、色がなと渋っています」
「えぇ、色?」
「クラウンは黒でしょう。そうすると公用車のイメージでつまり経費で買ったなというような印象を持たれるのはイヤだといいます」
「すると何色ならいいんですか」
「例えばクロの反対の白とか、臙脂とか」
「なるほど」と白にしてみる。白は自販からの要望でしたとなると自販の方はこれは白を売らないと不味いぞとなる。そこでトヨタのセールスマンは顧客にいくと
「今、白いクラウンがブームなんですよ」
「そうなのか」
「クラウンも、個人が所有する時代になった証です。黒の方がいいですか」
「うん、そうだな。白いクラウンか、それもいいかもな」となったかどうかは知らないが日産の場合は
「なに、色がヤダとお客がいっている? そんなことを聞いていたら何色も作らなきゃならない。性能はいいんだ。売れない理由を色のせいにするな」といってチャンチャンで終わりだった。
 トヨタは生まれたときから車を考えている豊田一族が車を作っている。日産は通産省(現・経産商)の天下りが社長になる。つまり車の事など考えたことはない。東大一直線から官僚で実は見えるものなんて売ったことがない。楽々税金が入ってくる倒産のない社会。しかし車は性能、スタイル、色と多くのイメージでユーザーは考えに考えて買うステータースの固まりだった。
 しかしかなりのヘビーユーザーが相手でも家の社長の方がその上をいっているという会社と、大半のユーザーより社長が車に情熱がない組織では精神が違う。それでいて春闘の時は鉢巻きをして工場を封鎖し経営者は敵だ賃金上げろという。それはそうだろう、カルロスゴーンは日産とルノー合わせ20億円取っている。それなら俺達だってと考えるのは人情だ。もっともそのときゴーンはいなかったが、しかし国からの天下りは車に情熱のないゴーンみたいなもので大同小異だった。

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