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2018年1月11日 (木)

経済学部などいらない。むろん経済学者もいらない。

 結婚を欠如で裏から語ると「結婚をしない人は決断力の欠如。結婚した人は判断力の欠如。離婚する人は忍耐力の欠如。再婚する人は記憶力の欠如」となる。情報化社会にはこうした裏読みも同時に出来ないと引っかかる。例えば「絶対損はしません。金買いませんか、先物買いませんか」といってくる。それならてめぇが女房質に入れて、親戚中から金借りて何でも買えばいい。きっと親戚から歓迎される筈である。
 大体安部総理だって一年後の経済も分からない。絶対というのならお前が財務大臣やればいいということだ。アベノミクスは何をやったのか、単に札を刷っただけである。それを14年間もしなかったからカネが回らなくなり、給与が下がり、デフレになって14年間自殺者3万人が続いた。たが今は2万人前半で日経平均2.5倍、有効求人倍率25年ぶりの高水準、失業率3%に低下、だから今年は自殺者は2万人を割るだろう。実際、自殺者と不況は表裏一体、不離一体の相関関係がある。新古今和歌集に於いて仁徳天皇が読んだとされる『高き屋に、のぼりて見れば煙たつ民のかまどはにぎはひにけり』は仁徳天皇が民はちゃんと飯が食えているのかと気になり、高台に登ると太陽が沈むのを見ながら下を見ていた。
 何しろ300年頃の話である。時計などない。だから太陽をみていた。こういうことって書かないと分からない人は分からない。……さて太陽が夕日に変わる頃、民の家から煙が立ちだした。今は炊飯器で米を炊くが当時は「はじめチョロチョロ中パッパ、ジュウジュウ吹けてきたら火を引いて、ひと握りのわら燃やし、赤子泣いてもふた取るな」が口伝、口承で伝えられた。
  本論に戻ると仁徳天皇は些か安心されたが、待てどもかまどから煙が立たない家がある。仁徳天皇はため息をつくと御座所に帰られた。天皇自ら大御宝(おうみたから=国民)に範を示さなければならない。そして皇后(妻)に料理を二品も減らすようにいわれた。皇居が痛み出し雨漏りがするようになっても質素倹約で普請することはなかった。民はその話をきいて名代を通じて「私たちは食べられるようになりました。天皇様は、雨が降ると雨漏りしないところを探して休まれているとか、このままでは国民が笑われます。是非普請をして下さい」と陳情すると仁徳天皇は「いやいやまだまだ、大御宝が苦しんでいる人がいるだろう。私の事は気にしないでいい」と仰せられた。だがその後近隣が騒がしい。官吏と民が言い合いをしている。どうしたのだと聞くと「民がどうあっても御座所を普請して頂かなければ私たちは帰りませんといって立ち去りません」といってきた。それで仁徳天皇は、民の心を知って普請の許可を与えた。
 民がにこやかに活発に話しながら御座所の普請をしている姿をご覧になっただろうか、仁徳天皇の御陵は広い。それを現代は仁徳天皇の権力のように教えている。だが西暦2018年はキリストが生まれる660年前が皇紀元年で今年は元号、平成30年で皇紀2678年である。『武によって立った者は武によって滅ぶ』だが武ではなかったから皇紀2678年なのである。

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