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2018年5月16日 (水)

文化伝統

 日本人は嘘をついた方を悪とする。だが朝鮮人と支那人は騙された方が悪いとなる。これは文化の違いである。以前テレビでどこの国が親切かリサーチする為に日本、アメリカ、中国、イタリア、南スーダンの5ヶ国で態とオレンジを落としたところ、これは大変と何人が拾ってくれるかという調査をした。
1位 日本   20人中20人
2位 イタリア 20人中15人
3位 アメリカ 20人中12人
4位 南スーダン20人中8人
5位 中国   20人中1人だけだった。
 韓国でもやってくれればよかったが日本と中国で明暗を分けた。もう10年にもなるが二歳くらいの女の子が路上で死んでいても中国人は素通りしていった。子供は大人を実によく見て学習していく。当然過ぎ去る中には子供もいただろう。
  それが日本なら直ぐに二歳児の女の子の周りに大人の輪ができて
「どうしました」
「私も分からないんですが」
「警察に連絡しますから」
「この近くの病院はどこですか」
「どなたか、この子のことを知っている人はいませんか」という会話が聞こえてくる。窮地のときに日本人は直ぐに旧知の間柄のように助け合う。これは日本人が集団主義の国だからである。見ず知らずの人がオレンジを落とすと躊躇することなく転がったオレンジを拾って落とし主に渡す。
「有り難う御座いました」
「いいえ、どういたしまして」両者の顔に笑みがこぼれる。その光景をみた子供の顔に笑みがこぼれる。そしていつか、同じような出来ごとにあったとき、その子供は嘗て親がそうしたようにオレンジを拾っている。その傍らでその子供の子供が嬉しそうにその光景をみている。
 集団主義というと主体性がない悪いイメージを感じる人もいるがこうした文化伝統は一朝一夕ではおきない。今、初めてあったのにハ-ワ-ユウ-と相手を思いやる。いきなりナイストゥミーチューというが、アメリカ人は国民の数より銃の方が多い。ということは今日生まれた赤ん坊も持っているということだ。だが日本人はそんなヒポクラシー(偽善)は使わない。
「いいお天気ですね」
「そうですね」或いは
「こう暑いと一雨欲しいところですね」と天気を主人公にして両者が親しくなる。文化伝統、日本人が積み上げてきた英知である。

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