ベルリンの壁①
20年前の11/9。歴史的出来事が起こりました。
西ベルリンを封鎖するように囲む165㎞の壁。後に3.6Mもの高さの壁により、東西ドイツは分断されました。米・英・仏は西。東はソ連。西ベルリンは早くも援助を受けながら復興し経済発展を研げましたが、東の援助は充分ではなく、戦争の傷跡を残していました。
そんな東から西へ、年間20万人が脱出。それに頭を悩ませた西政府は1961年8/13、ついに両国の間を封鎖する事にしました。あっというまに有刺鉄線が張り巡らされ、行き来できなくなりました。突然の封鎖に住民は有刺鉄線を無理矢理こえるなど、パニック。
それでも、この時点では監視がまだ甘かった事もあり、警備の隙をついて逃げることも可能でした。しかし、これに対抗してコンクリで1.8mの壁が誕生。当時10代だったペーターという少年が壁を登ろうとしたところ、監視に銃で打たれ、まだ息があったのにも関わらず、放置して見殺しにました。
更に壁の改築は進みます。壁に近い建物をなくし、監視塔を設置。無人地帯として50Mの更地をつくる事で、より厳重な監視体制をひきました。すると今度はトンネルで脱出する人がでます。1962年5月。西の廃工場から1.7の深さから水道管の近くを通ってトンネルを掘る人がいました。一日数メートル、6ヶ月を書けて東のアパートの物置に到達。このトンネルでは29人が亡命し、同様のトンネルは10本以上存在したといいます。
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