「告白」という小説について③
私は、この本をテレビ番組の本の紹介紹介コーナーで知りました。テレビとしては面白かったとしなければならないのでしょうが、何でもかんでも面白かったと連発しているような感もあるます。どうも、現在の風潮はトリック優先で動機が稀薄というか、親近感が湧きません。
マスメディアにでると、突然ブレイク。丸山議員も大阪府知事も宮崎知事もそうでした。人気があるイコール正しいと、現代人は認識してしまう傾向が強いと思います。例えば、大阪府知事の橋下さんは、当初、立候補は「二万パーセントあり得ない」といっていました。他人の事ではなく、自分の事です。しかも弁護士です。自分のいった一言で、救える人も救えなくなる職業です。これに関しては首を傾げました。
私は、政治家に一番必要なものは『先見の明』だと思っていますが、二万%という数字のボキャブラリーが不安です。これはもう人気先行資本主義の一番の欠陥だと思っています。拝金主義、人気主義、そして人気があれば権力に通じていく時代になっています。例えば、東国原さん人気がある。故に正しい。実績も上げている。しかし、因・縁・果がポリシーの私としては、その前の人が気になります。
その前の知事が悪政を引いていれば、次の人は、或る意味やりやすいのではないでしょうか。例えば、橋下さんの前の女性知事は、どうしてこうも大阪府の財政を増やして、退職金だけで、八〇〇〇万も支払われたのに問題にされなかったのか、何なのか。その更に前のノック知事が、最低で政治以前の問題で辞めたことにより、その反動で女性知事が誕生したという経緯にも起因します。小泉さん然り、それ以前の田中角栄さん然り。特に現在は、人気から権力を手中出来る資本主義が出来上がりつつあります。
しかし、田中角栄型政治の継承が小沢さんで、もう五〇年以上も続いています。小泉さんも、後生の評価が高いとは、とても思えません。陰の功労者は田中真紀子さんと竹中平蔵さん。田中さんは小泉さんを奇人と称しました。そして、その奇人を総理にさせたのですから、田中さんこそ大奇人です。竹中さんは、小泉さんから丸投げされて、やりたい放題でした。
ところで、小泉さんと竹中さんの交流が全く無いようです。竹中さんがこれだけ叩かれているのに小泉さんが黙っているのは、沈黙の肯定のように思います。そう言えば田中真紀子さんも嘗て高い人気がありました。私は温故知新と因・縁・果の法則をブログの憲法にしていますが、そこからの結果は人気あるイコール正しいとはならない。むしろ、悪政を施す方が濃厚という結果の方が色濃いという結論を導きます。
例えば今、毎日特集されている。マイケルジャクソンですが、とてつもない人気があります。しかし、だからといって、正しかった。少年への性的虐待はなかったとはなりません。むしろ奇行振りから見るとあったと言う見方も否定できません。本も同じで、デスノートや告白が大ブームになった事は認めますし、面白いとも思いますが、ブームだから正しいということにはなりません。
全く同じ本でも、一冊は、「今日苦しくても明日は痩せる」というタイトルで出し、もう一冊は「何時も通り食べて痩せる」とした場合、前者が売れます。何故なら人は易きに流れる習性があるからです。それではどちらが信憑性があるかとなると、前者となります。しかし、売れるのは後者です。
「悪貨は良貨を駆逐する」とグレシャムはいいました。現在は資本主義と情報化が一体になった時代となり「悪習が美風を駆逐する」時代であるのかも知れません。
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